Raison d'etre  sc.053

「我が零番隊はあなたたちを全面的に協力するわ」

紅の言葉に驚きの表情で彼女を見つめる彼ら。
そんな視線を受け、彼女は微笑んだ。

「隊員にはすでにその意思を訊いてある」
「何故、僕たちに協力を?朽木さんを助けたいなら…あなた自身でも十分なんじゃ…」
「…それを………私に訊くの?」

雨竜の言葉に紅は哀しげな表情を浮かべた。
その表情から、紡ぐ言葉の続きを悟る事が出来たのは恐らく二人だけ。

「私と…」

紅はそう言いながら自身を指す。

「あなた達」

そして、次に指差すでもなく彼らを見た。

「確かに私にあなた達を助けることにメリットはない。もちろん、それは私の部下全員に言えることね」
「なら…」
「だけど、あなた達は彼に繋がっている」

紅は雨竜たちから視線を逸らし、霊圧のぶつかりを感じる林の向こうへとそれを向けた。

「私にとっての理由はそれだけで十分よ」

柔らかい笑みは、彼女が同年齢だとは思わせないものだった。
穏やかで、それで居て酷く頼りがいのある眼差し。
ある者はその眼差しに羨望に似た想いを、またある者は懐古の想いを抱く。

「私の部下にとっては…」
「我々は隊長が進む道を共にすると決めた。ただそれだけです」

紅の声を遮るというよりは寧ろ彼女の言葉に続けるように発せられたそれ。
驚いたのは彼女自身ではなく、その前に居た彼らだった。

「あら、芦崎。どうしたの?」
「あまりにも隊長がお戻りにならないので報告に参じました」

芦崎、と呼ばれた男の死神はそういって頭を下げる。
彼はその性格を現したようなきちんとした身形に、癖のない黒髪の持ち主。
顔立ちが端正なだけに、逆にそれが冷たそうな雰囲気を纏っていた。

「あ、ごめんなさい。彼は芦崎一星。零番隊第五席を勤める死神よ」
「…宜しくお願いします。それよりも、隊長。お話があります」

挨拶も草々に彼はそういって紅に向き直る。
いつもに増して真剣な表情を浮かべる彼に、紅は何も言わずに頷いた。
そして彼らに一声だけかけると声が聞こえない程度に距離を取る。

「樋渡第三席からの連絡が途絶えました。隊長から何か命を?」

芦崎の言葉に紅は驚いたように眼を見開く。
確かに霧渡には指示を出したが、彼女には何も言っていないはずだ。
それを伝えると彼はいくらか表情を険しくする。

「いつからなの?」
「昨日は隊の者が姿を見ていますから…。恐らく本日早朝からかと」
「…総隊長への報告は?」
「この事実に気づいたのがつい先程です。隊総出で捜索に当たっていますが、未だ情報はありません」

淡々と語っているようにも思えるが、彼の無表情の奥に隠された苛立ち。
紅はそれを確かに感じ取り、事態の重さを受け止めた。

「とおるんなら朝見たよ?」

この場には不似合いなほどに幼く、そして明るい声。
芦崎と紅の視線が彼女に向いた。

「やちるさん。詳しくお願いします」
「えーっと…」

そう言ってやちるは思い出すようにその時の事を語りだした。













「あれ?」

声に反応するように樋渡は振り向く。
そこに居たのは、廊下を向こうに歩いていこうとしていたやちるの姿だった。

「?あ、やちる副隊長。おはようございます」
「とおるん、どこ行くの?」
「…いえ。少しだけ気になることがありますので…」

少しばかり口にするのを躊躇い、彼女はそう言った。
内容を隠すような口ぶりの言葉にやちるはふと引っ掛かりを覚える。

「気になること?それを確かめに行くの?」
「はい」
「紅ちゃんには?」
「隊長にはまだ知らせていません。確認してからと思いまして…」

その真剣な声と表情に、やちるはそれ以上何も問わなかった。
ただ、笑顔で言う。

「気をつけてね」
「…わかりました。あ、やちる副隊長。少しお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もっちろん!」
「もし、私が戻らなくて…隊長に私のことを訊かれたら、こう伝えてください」













「『不可侵の領域』…?」

やちるが告げた言葉を、まるで鸚鵡返しのように紡ぐ。
頷く彼女を前に紅は眉を寄せた。
今すぐに、その言葉の意味を知ることは出来そうにない。

「何のことかは言ってなかったよ。でも、確かに伝えたから」
「わかりました。ありがとうございます」
「…とおるんね、何か思いつめたような…そんな顔だった」

表情に影を落とすやちるを見つめ、紅は笑みを浮かべた。
自身の不安を隠し、ただ彼女に安心を与えるためだけに。

「大丈夫です。私が…彼女を見つけますから」

紅がそういうとやちるは顔を上げる。
その表情はまだどこか頼りなさげで、それでも彼女は笑みを浮かべた。

「紅ちゃんが言うと本当にどうにかなる気がするよね」

よろしく!いつもの調子を取り戻したかのように、彼女はそういった。
そして離れた所で待たせてある彼らの元へと走る。

「…樋渡に関しては事が済み次第、私の方でも探してみるわ」
「承知しました。我々も引き続き霧渡副隊長の補佐と樋渡第三席の捜索に当たります」

彼の言葉に紅は頷いて「よろしく」と紡ぐ。
芦崎はそのまま自身の刀へと手を掛け、その刀身を鞘から滑らせる。

「現を惑わせ。『貝楼』」

白銀の刀身が揺らめいたかと思えば、次の瞬間には彼の姿はその場にはなかった。
慣れている紅は別として、他の彼らにとっては未知なる領域。
驚きに表情を染め上げる彼らに紅は苦笑を漏らした。
一年ほど前に自分が初めて斬魄刀を見せられた時と同じ反応だ、と。

「…私は行くわ」

ただ一言、そう紡いで紅は林の方へと歩き出す。
先程彼女らの元まで届いた爆風の事も気になる。
そんな紅の耳にドンッと言う低い音が届いた。

「…『白雷』…」

空へと薄く延びたそれを見とめた紅がそう呟く。
一護が鬼道を使いこなしているとは思えない。
と言うことは、あれが白哉の攻撃なのだということは想像するに容易い。

「決着は近い…かな」

彼が鬼道を使い始めたと言うことは、戦いも終盤へと繋がっているのだろう。
恐らく、彼がそれを使わずには居られない、もしくは使った方が良いと言う状況になったのだ。
少しばかり足の速度を速めれば、漸く彼女の視力で二人を捉えられる位置まで来た。
地面を染める赤が二人の攻防の激しさを物語っている。

「…無数の刀…?」

彼ら二人を囲うように並ぶ無数の刀。
覚えのないそれに、紅はそれが白哉の斬魄刀であると悟る。
彼の手から崩れる刀はまるで桜の花びらの如く。

「終わりだ、黒埼一護」

その右腕が真っ直ぐに空を仰ぐのを、紅はただ地を踏みしめた。

理性と言う名の見えない鎖に囚われているかのように。

06.02.17