Raison d'etre  sc.050

刀を交える彼らを見守る。
様々な道の中から、紅はその道を選んだ。
もしこの戦いで一護が勝てば…白哉がその心の内を見せてくれる。
そんな淡い期待を胸に抱いて。









不意に、紅の視線が側方へと移動する。
同時に斬魄刀を鞘ごと抜き去り、己の首を撃とうとしていた手刀を止める。

「…動きは悪くないが、愚かな事だな」
「………邪魔しないでください。あなたの相手をしている暇はありません」

ギリ…と砕蜂の手刀が鞘と擦れて音を立てる。
抜刀せずに向かってきたと言う事はそれほどに己に対して自信があると言う事。
尤も、隊長として羽織に袖を通している以上当然の事ではあるが。

「隊長としての矜持はどこへ捨てやった?」
「従うだけが生き様ではありませんよ」
「…それが愚かだと言っているのだ!!」

一歩引いたかと思えば、彼女の足が反対側を狙って振り上げられた。
それを身体ごと後方へと下がる事で避ける紅。
振り向いた先、砕蜂の向こうに地面に伏せた十三番隊員が見えた。
表情を歪めると紅は己の刀の柄に手を掛ける。

「邪魔するなら斬ります」
「高々一年で私に勝てると思うか。度の過ぎた自惚れは不愉快極まりない」
「…自惚れかどうかは自身の身をもって確かめていただきましょうか」

ピンと張り詰めた空気。
紅は彼女から目を逸らさずに考えていた。
この場で戦いを始めれば一護と白哉にも被害が及ぶ。
出来るだけ早い段階で砕蜂諸共ここを離れなければと。

「(問題はどうやって移動するか…)」

そんな事を考えていた紅が、不意に近づいてくる気配に気づく。
僅かに逸れた意識に砕蜂が気づかないはずもなかった。

「余所見とは余裕だな」

瞬く間に縮まった距離と、背後からの声。
己の隙に小さく舌打ちして紅は刀を抜き去りながら振り向く。
だが、彼女の攻撃を遮るように何かが横を通り抜けた。
その人物は砕蜂を押さえ込んだまま勢いを殺さずに双極の丘から飛び出す。

「…夜一…さん?」

一瞬だけ見えた背中は確かに彼女のものだった。
自分に手を貸してくれたのか、はたまた砕蜂に用があったのかはわからない。
しかし、紅を阻む者が消えたと言う事だけは変わらない事実だった。
半ばまで抜いた刀を見下ろし、紅は静かにそれを納める。
すでにこの場に立っているのは彼女、一護と白哉、そして卯ノ花だけであった。















「…紅さんはどうされるのですか?」

背後に掛かった声に、紅は身体を反転させてその人物と向き直る。

「私は…彼らを見守ります」
「そうですか…」

卯ノ花は静かに頷いた。
そんな彼女を見て、紅はふと思ったことを口にする。

「あなたは…この処刑をどう思っているのですか?」

彼女の口から紡がれるのは否定の言葉であって欲しい。
紅はその思いを眼に宿して卯ノ花を見つめた。

「…あなたは本当に真っ直ぐな方ですね。少しだけ…羨ましく思いますよ」

そして彼女は優しい笑みを浮かべて続ける。

「迷いや疑問は残ります。けれども、私はそれを知ろうとはしなかった…」
「…今からでも決して遅くは無い…私はそう思います」

紅の言葉に彼女は「そうですね」と微笑みを返す。
そして自分の斬魄刀を抜いて歩き出した。

「彼女達は私に任せてください。あなたは…彼らを」

そう言って卯ノ花が指したのは、今も尚刀を交える二人。
地面を染める赤が増えているのが遠目にもわかった。

「ありがとうございます」

すでに背を向けた卯ノ花を見つめ、紅はただ一度深く頭を下げた。
彼女の斬魄刀が姿を現し、怪我人を飲み込んで空へと身を預ける。
その背に乗った卯ノ花は小さくなり、やがて見えなくなった。

ふと紅は目を伏せる。
僅かに離れた所で総隊長の斬魄刀の気配を感じ取った。
共に高め、歩んできた者たちが刀を交えなければならないと言う事は何とも哀しい。
次いで感じた浮竹と京楽の斬魄刀のそれに、紅は静かに目を開いた。
そして次の瞬間。
彼女は双極から大きく距離を取る。
先ほどの位置で見たときよりも遥かに小さくなった一護と白哉を見つめる。
眼差しに秘められた感情は、彼女の中で炎のように揺れていた。
















「放せ…!放してくれ、恋次…っ。一護を…紅を助けねば…!」

片腕で不安定に抱えているにも関わらず、ルキアは恋次の腕の中でもがく。
そんな声を聞きながら走っていた恋次の我慢が限界を迎える。

「隊長は…」

息を深く吸い込んで口を開き、いざ声を出すのみとなっていた恋次。
彼の声を遮ったのは静かで、それで居て逆らう事のできない音を纏うそれだった。

「隊長は朽木が心配するほど弱くない。それに、そんな弱りきった身体であの人達を助けられるはずないだろ。
はっきり言って、無駄死にだ」
「霧渡!それは言いすぎだろっ!」

霧渡の突き放すような言葉に恋次は思わず声を荒らげる。
足を止めて振り返りそうになるが、現状を思い出してまた一歩を踏み出す。

「事実だろ?」
「それにしても…っ!」
「…恋次、よいのだ…。霧渡の言う事は間違っておらん…」

くいっと恋次の死覇装を引いてルキアが首を振る。
顔を俯ける彼女を見下ろし、彼はやり場のない憤りを無理やりに押し込めた。

「…朽木。今あんたがすべき事は、無事に逃げる事だ」

呼ばれたルキアが僅かに肩を揺らす。
それを感じ取った恋次は彼女を抱く腕に力を篭めた。

「俺、あんたの事はよく知らない。けどな、あんたの為に動く隊長を見てきたんだ」
「……霧渡…」
「必死なんだよ、隊長。あの人を心配する暇があったら、一秒でも早く無事な顔を見せてやってくれ」

責めるわけでもない、諭すような優しい声色にルキアは顔を持ち上げる。
彼女の視界に映ったのは走っていく霧渡の背中。
僅かに走る速度を上げてルキアと恋次を追い抜くと、彼はその先にある交差路に向かった。
そして、側方から飛び出してきた死神六人を一瞬のうちに地面へとねじ伏せる。
次いでその反対側から姿を現した五人も同様の手順で蹴散らした。

「…全員峰打ちってのも楽じゃないな」

伸した相手を見下ろし、彼は溜め息混じりに呟く。
さすがに同僚を斬り捨てられるほど彼も鬼ではない。

「……お前…そんな強かったのかよ…?」
「ん?あぁ…あの隊に居るとどうしても隊長で霞んじまうんだ。お前も似たようなもんだろ?」

副隊長っつーのは損だよな、と言いながら彼は笑う。
しかし、その顔は本心からそう思っているとは到底見えないものだった。
未だ驚いたように目を見開いて自分を見つめるルキアの視線に気づき、彼はニッと口角を持ち上げる。

「ほら、さっさと進もうぜ。隊長を安心させるのが、あんたの役目だろ?」

刀を鞘へと納め、彼は先を歩き出す。
呆気に取られていた恋次が刀を持ったままの手でガシガシと頭を掻いた。

元々同じ隊に居たはずなのに、未だに掴めない彼の性格。
ルキアを傷付けるような台詞を吐き出したかと思えば、次の言葉は彼女が踏み出せるようにと背中を押す。
言葉の持つ力を理解し、使い分けている男だと思った。

僅かながらも彼女の迷いが晴れたのを、恋次はその表情から読み取っている。
そして思う。
最後に残った迷いを消すのは、自分の役目だと。
ルキアの知らぬ一護の言葉を紡ぐ恋次。

「…あいつを…信じてやれ、ルキア」

その言葉に反応するように、彼女は恋次の死覇装を握り締めた。
顔を隠すようにして俯け、震える唇を開く。

「…済まぬ…恋次…」
「…馬鹿野郎、謝るとこじゃねぇよ」

顔を上げず、ルキアは紡ぐ。

「…ありがとう…」
「…馬鹿野郎。…礼言うとこでもねぇよ…」

彼らを横目に、霧渡はルキアの心境の変化を悟った。

05.12.17