Raison d'etre  sc.049

「紅、お前は…」
「どうするかは聞かないで。…もう、ちゃんと自分の中で答えを出しているから」

磔架の端と端で言葉を交わす二人。
一護の問いかけに紅はそう答え、柔らかく微笑んだ。
吹く風に零を刻んだ羽織が舞う。

「ルキアを助ける事には協力するわ。全面的に」
「…それだけで十分だ」

ふっと口角を持ち上げる彼に、紅は僅かに笑みを深める。

「………訊くが、二人とも…。これからどうする気だ…?これ程の目の前で上手く姿を晦ませる方法など…」

目を伏せてそう問うルキアに、一護は迷いも無く「逃げる」と言った。
彼の声の強さに思わず口角が緩む。
相変わらず、彼の言葉は己を信頼させる力を持っていると…そう感じた。

「手伝ってくれた連中はみんな、助け出して連れて行く」

紡がれた一護のその言葉。
先程とは違った表情でルキアは静かに視線を落す。
恐らく感じた物は一緒だろうと、紅は思った。

―――彼が強くなったのだと、その言葉から解る。






「ぐあッ!?」

突然呻き声が届く。
それに伴って落とした視線に赤色が映った。

「恋次!!!」

ルキアの声が恋次にも届いたのだろう。
彼は磔架を見上げるように視線を持ち上げ、彼女の名を呼ぶ。

「白哉さんとの衝突を感じたけど…無事だったのね」

呟いた声は誰かに聞かれる事はなく空へと溶け込んだ。
再会を喜ぶルキアの声を遮るように、一護は恋次を呼ぶ。
それ以上の説明はなく彼は行き成りルキアの身体を持ち上げた。
いや、正確に言うと『構えた』となるだろうか。

「受け取れ!!」

どこか楽しげな声と共に、一護はルキアの身体をまるでボールのように投げ落す。

「馬鹿野郎―――――――!!!!」

恋次に向かって勢いよく飛んでいくルキアが発する奇声がどんどん遠くなっていった。
慌てながらもしっかりと彼女を受け止めた恋次は、その反動でルキア諸共後方へと転がる。
そして起き上がった途端に二人して声を荒らげた。

「莫迦者!!一護、貴様あ!!!」
「落したらどうすんだ、この野郎!!!」
「うん。ご尤もな反応ね」

苦笑いを浮かべる紅だが、彼の行動の真意をわかっているのだろう。
咎めるでもなく彼女は一護を見た。

「連れてけ!!!」

彼の声に訳がわからないと言葉を失う恋次。
一護は斬魄刀を振るいながら続けた。

「ボーッとしてんな!!さっさと連れてけよ!!」

そこに先程の楽しげな笑みは無い。
真剣な表情で彼は言うのだ。

「てめーの仕事だ!死んでも放すなよ!!」

その言葉に恋次が止まっていたのは一瞬の事だった。
彼はすぐにルキアを片手で抱え、もう片方の手に斬魄刀を持って走り出す。

「…霧渡!!」
「は、はいっ!」

突然の己の上司からの声に、霧渡は思わず上ずった声を発する。
しかし、紅の表情を見ればその真剣さが伺えた。

「彼女を護って!」

でも、と声を上げようとした。

自分は彼女の背中を守ると決めたのに。
彼女の後を乱す敵を斬ると決めたのに。

一瞬そんな考えが脳裏を過ぎるが、己に任されたのは『護る』と言う大役。
それは彼女の信頼の証にも見えた。

「………はい!」

紅が彼女を護ろうと前の敵を斬るなら、自分はその後ろで彼女を護ろうと。
霧渡は彼女への返事と共に恋次を追って走り出した。















「阿散井…!」
「霧渡さんまで…」

同じ副隊長の裏切りに驚きを隠せない副隊長ら。
そんな彼らに砕蜂が声を荒らげる。

「何を呆けておるのだ、うつけ共!!追え!!!副隊長全員でだ!!」

彼女の声に、一番隊、二番隊の副隊長が走り出す。
同じくその場にいた四番隊の副隊長、勇音は己の隊長を振り返る。
その表情には迷いがあった。

「お行きなさい」

目を伏せて告げられた言葉に、勇音も隊長の斬魄刀を置いて恋次らを追う。













紅の視界で一護の姿が消える。
だが、彼女はそれに慌てるでもなく彼の姿を追っていた。
恋次とルキア、そして霧渡の背に迫る副隊長ら。
霧渡が振り向きながら斬魄刀を抜こうとした。
しかし、それよりも先…瞬時に一護の背中が現れる。

「行け」

短く紡がれた言葉の意味を問う必要などない。
霧渡は半ばまで抜き取っていた刀を納め、再び彼に背を向けて走る。
視界の端に、同じく降り立った紅の姿を認めた気がした。



一護は刀を地面へと突き立てる。
そして自分の手が自由になるなり、二番隊の副隊長を吹き飛ばした。
次いで一番隊の副隊長に一撃を加え、四番隊の副隊長も同様に身体を飛ばす。
彼らが斬魄刀を解放して僅か数秒の事だった。

「迅い」

紅が呟くと同時に、彼女の脇を通る人物が居た。
確実にそれを捉えていた紅だが、彼女がその人を止める事はない。
その役目は自分ではないから。
ガンッと斬魄刀同士が我が身をぶつけ合う。

「見えてるって言ったろ、朽木白哉!」

不敵に口角を持ち上げる一護に、今までとは違う手応えを感じた。















「…何故だ」

白哉が静かに口を開いた。
その声に一護が視線を彼へと向ける。

「何故、貴様は…貴様達は何度もルキアを助けようとする…!」

声に隠された真意を読み取る事は出来ない。
しかし、紅は彼の表情から、その言葉は本心なのかもしれないと思う。
何故彼がそこまでルキアの処刑を望むのかはわからないが。

「…こっちが訊きてえよ。あんたはルキアの兄貴だろ。なんで、あんたはルキアを助けねえんだ!」

幾度と無く紅が訊きたかったことだった。
恐らく彼女を代弁したわけではなく、一護は自分の中の疑問をぶつけただけなのだろう。

「…下らぬ問いだ。その答えを貴様如きが知ったところで、到底理解などできまい」

静かにけれどもどこか強く紡がれる声。
彼の背中を見つめながら紅はそれを聞いていた。

「…どうやら問答は無益な様だ」

そう言うと彼はふと視線を、後方を見るように移動させる。
それに釣られるように一護も彼の向こうへと視線を向けた。

「紅、離れていろ」
「離れてろよ、紅」

二人の声が重なる。
彼らの言葉を受けた紅は一瞬誰に対しての言葉なのかわからなかったほど。

「え?…あぁ、はい」

思わず素直に頷き、数歩彼らから離れる。
一方、意図せず言葉が重なってしまった二人を妙な沈黙が包んでいた。

「…………………」
「…………………」
「……………紅の師匠ってあんたか」
「…それがどうした」
「あんたの話してる時のあいつ、楽しそうだったぜ」
「……………そうか」

僅かに緩められた表情を、一護は気づいただろうか。
紅の話が出たことにより僅かに和らいだ空気。
互いが彼女を気にかけていると知るには十分だった。

「あんたとはこんな事がなけりゃ、色々と話も出来たんだろうけどな」
「…こちらが願い下げだ」

その言葉を最後とばかりに、彼らは互いに霊圧を上げる。

「行くぞ」

弾くようにして、彼らの距離が開いた。

05.12.10