Raison d'etre  sc.046

『なぁ、白哉』

漆黒の髪を、風がサラリと揺らす。
一本の牽星箝によって動きを制限された前髪の一筋が目元にかかる。
それを鬱陶しそうに横に払う男。
この男の隣では朽木家の肩書きすらもどうでもいいように思える自分がいた。

『俺はもうすぐ処刑されるらしい』
『何を…』
『姶良の占いだ。ま、外れる事はないだろ』

女の名を口にした男は僅かに頬を緩める。
だが、それもほんの一瞬の事であった。

『まぁ、逃げる事も出来るんだけどよ…。そうするとお前と斬り合うことになるらしいわ』

つくづく面倒ばかりだ、と男は言う。
その後、苦笑に似た笑みを向けた。

『そんでもって、俺の大事な娘が死ぬ。そんな未来だけは絶対にごめんだ』

男の目にはすでに覚悟が映っていた。
止める事など出来はしない。

『この術を人間に使うのは最初で最後。俺と姶良の全てをアイツに移す』
『死ぬ気か』
『ああ。どの道姶良は命を落すらしい。それなら、娘だけは助けたいんだとさ。ま、俺も同感だ』
『愚かな…』
『はは。お前に言わせればそうだろうな。だがな、白哉。俺は親友に刀を向けてまで生きたくはねぇんだ』

男は笑う。
自分と同じくらいの歳のはずだが、いつまで経っても笑う事を止めぬ男だった。

『お前が決めたなら…私はそれを見届けよう』
『…そうしてくれ。一つ、頼みがあるんだ。聞いてくれるか?』
『……ああ』
『俺の娘は姶良の力で現世に転生させる。だが、いずれまた尸魂界に引き戻されるだろう』
『護れ、と言うのか?』

そう問えば男は頷く。

『ルキアの次でいい。護ってやってくれないか。大事な子なんだ』

男はルキアの事を知っている。
何故ルキアを養子に迎え入れたかも、自分の想いも。

『わかった』
『んでさ!出来れば強くしてやってくれよ。俺と姶良の子だから絶対強くなるぜ!』
『…そうだな。お前の子なら…』
『だろ?俺は護ってやれねぇからさ…せめて自分を護れるだけの強さを与えてやって欲しい』

護ってやれない、そう言った男の表情は悲しげだった。
自らの子の行く末を知らぬままに命を落すことに抵抗はあるらしい。

『……―――』
『ん?何だ?』
『死ぬな、瑣迅』

知らぬ間に紡いだ言葉に、男は大きく目を見開いた。
そして、次に苦笑いを浮かべる。

『…悪いな』















「出逢ったばかりの頃は…信じるなど到底考えられなかった」

何もない部屋で、白哉は一人呟く。
その声は寂しいほど静かに空へと消えた。

「だが、今ではあの眼にお前を探している私がいるのだ…瑣迅」

遺影ではない質素な写真の中で笑っているのは、かつて互いを高めあった友人。
屈託のない笑顔を浮かべる様は白哉とは対極の人物にも思えた。

「紅はお前に似ている。いや…似すぎていると言った方が正しいか…」

どれだけ冷たく突き放そうとも、笑みを絶やさずに自分に近づいてくる。
誰にでも柔軟かと思えば、そうではない。
己が心に認めた者への、直向きなまでの想い。
彼と彼女の前では、自尊心など無駄のように思えた。

「私はお前のようには生きられんようだな」

苦笑にも似た笑みを浮かべ、彼は部屋を後にする。















朱を地として美しい模様が施された櫛が、栗色の髪を梳く。
ふわりふわりと風に揺れるそれを制限するのは何者にも染まらぬ白。
縛り上げた後の余り紐が風に乗る。
閉じていた瞼を開けば、そこにあるのは確固たる決意のみ。

「止める」

誰に告げるでもなく、紅はその言葉を口にした。
幾度となく彼女を救うと言ってきたが、今と過去ではその言葉の重みが違うように思える。

「隊長、出立の準備を」

背後から紅に向けて発せられる声。
それに振り返るでもなく、彼女は頷いた。
窓枠の中に映る双極を視界に捉え、紅は口を開く。

「霧渡」
「はい」
「処刑を止めるわ。でも…あなたが私に付き合う必要はない」

再び口にしたその言葉。
霧渡は驚くでもなく、むしろ、わかっていたと言う風な様子を見せた。

「使命を取るなら私の進路に立ち、刀を抜けばいい」
「隊長…」
「ただし…」

紅はゆっくりと振り向いた。
真正面から霧渡を見つめ、言葉を続ける。

「容赦はしない。全力でもって私を斬りなさい」

鋭利な中にも、確かに彼を案じる優しさが見えていた。
霧渡は彼女の眼光の鋭さに一瞬言葉を失うも、すぐに口角を持ち上げる。

「わかりましたよ、隊長。俺の全てで、斬ります。―――――あなたの敵を、ね」

悪戯めいた笑みを浮かべる霧渡。

「俺は隊長の前には立ちません。その代わり、後ろは任せてくださいよ」

せめて足止めくらいは頑張りますから。
そう答える彼に、紅は肩の力を抜いて溜め息を落す。

「総隊長に背く事になるわよ?」
「自分の信念には背きません」
「怪我だけですまないかもしれないわ」
「覚悟の上です」
「きっと、あなたの事を放っていく事になる」
「なら、俺は隊長の後を乱す敵を斬るまで」

迷いのない言葉に紅はふっと微笑んだ。

「ありがとう」

それ以外に、彼への言葉は要らなかった。

Rewrite 05.11.22