Raison d'etre  sc.045

ルキアの目が揺れる。
本当は少しだけ、期待してしまっていたのかもしれない。
目の前の彼女ならば、一護たちも…自分も皆助けてくれるのではないかと。

――助ける。

そう言ってくれていた彼女の言葉は、これほどまでに自分の感情を揺さぶるものなのか。
突き放すような冷たい眼からそれをそらす事ができない。
言葉を発する事さえ出来ず、ルキアはただ紅の目を見つめていた。







「…なーんてね」

緊迫した空気を一掃したのは、そんな明るい声だった。

「……は?」

思わず間の抜けた言葉がルキアの唇から零れ落ちる。
そんな彼女を見て、紅は愉快そうに目を細めた。

「最期の挨拶なんてしないわ」

紅は笑ってそう言う。
彼女の表情に先程の冷たさは見られない。
ルキアはそんな彼女の変わりように動きを止める他なかった。

「冗談でも、最期の挨拶はしないわよ。その一瞬まで足掻くって決めてるんだから」

最期の言葉を交わすくらいならば、その一瞬すらも彼女の為に。
自分の持てる全てを使うと、自身に誓っているから。

「おぬしは…何処までも変わらんな…」

苦笑に隠されているのは、確かな喜びだった。
ルキアの言葉に紅は「当然でしょ?」と笑う。
決して長いとは言えない付き合いの友人が、これほどまでに信頼できるとは思わなかった。
彼女の言う事ならば本当に実現されるのではないかと言うほどに。

「ルキアは変わったよね」

そう言って紅はルキアの額に向けて指を弾く。

「初めの頃より随分明るくなった。初めて会った時なんて…ねぇ?」
「な、何だそれは…」
「別に?」

あの頃の事を思い出したのか、ルキアはふいっと顔を逸らす。
その頬には朱が走っていた。

「…く…っ」
「紅?」
「あははっ!ルキア…っ…照れ過ぎでしょ…」
「何を…っ!!」

肩を吊り上げるルキアだが、紅は「あはは」と笑い続ける。
怒っている自分の行動が無意味のような気がして、ルキアもクスクスと笑い出した。
こんな時だからこそ、笑いたかったのかもしれない。
その楽しげな声が自然に止まるまで、彼女達は一時の安らぎを得た。













「ここに来たのはね…。あなたに聞きたい事があったから」

一呼吸置いて紅は口を開く。
先程までの和やかな雰囲気を一転させ、真剣な眼でルキアを見つめた。

「何だ?紅になら…私の知っている全てを話そう」

ルキアの言葉に紅は頷く。

「…瑣迅と言う人物を知っている?」

紅の言葉にルキアは驚いたように目を見開く。
彼女の口からその名が紡がれたことに対する驚きだろうか。

「何処で…『紡がれぬ名を持つ者』を知ったのだ?」
「私の斬魄刀の一人、霽月から聞いたわ」
「そうか…。『霽月』から、な」

それを聞いて納得したのだろう。
ルキアは言葉を選ぶように考えを巡らせ、そして答える。

「雪耶瑣迅。確かにこの名は私も知っている。今となっては語ることを許されぬ者だ」
「許されぬ者?」
「霽月は説明してくれなかったのか?」

ルキアが不思議そうな顔で紅を見やる。
その名を知っていると言うのに、彼の行いを知らない。
それをルキアは不自然と取った。
紅は腰に挿した一振りを見下ろし、頷く。

「私が霽月に聞いたのは彼の名。そして……私と彼の関係だけ」
「関係…?おぬしと瑣迅殿に関係など………………まさか…」

ありえない、とルキアは首を振る。
恐らく彼女の頭の中に浮かんだ物と、紅が霽月から聞いたものは同じだろう。
紅は苦笑にも似た笑みを見せた。

「瑣迅は…私の父親なんだって。正確に言うと…私の魂魄の」
「……本当…なのか?本当に瑣迅殿の…?しかし、紅は…」

向こうの住人だろう?とルキアは紅に問う。
それに対する返事を、紅は持ち合わせていなかった。

「向こうで十五年の時を過ごし、死してここへ来た。私もそれを疑ったことはなかったの」
「…一護だって、覚えていることだ」
「うん。だからきっとそこに偽りはない。でも、瑣迅は私の父だと…霽月は言った」
「………………」

ルキアは頭を整理するように沈黙した。
暫くの間黙り込んでいた彼女は、突然その顔を持ち上げる。

「そうか…。瑣迅殿の…『転為術(てんい)』か…?」
「『転為術』?」
「それが瑣迅殿の名を紡ぐことを許されなくなった原因だ。私もその術の内容を詳しくは知らない」
「そっか」

少しばかり期待したのか、紅は肩を落とす。
しかし、ルキアは顎に手をやったまま小さな声で言った。

「きっと、兄様なら知っているだろう。兄様は…瑣迅殿の友人だった」
「え?」

紅を驚かせるには十分な言葉。

「白哉さんと…瑣迅が…?」
「ああ。私も兄様を通じて瑣迅殿と面識があった」
「…だから暁斗は白哉さんに聞けって言ったのか…」
「暁斗?」

知らぬ名前に、ルキアは首を傾げながら紅を見た。
紅は説明がなかったと気づき、暁斗について述べる。

「私の斬魄刀よ」
「…紅の斬魄刀は三振りだけではないのか?」
「天狼、霽月、深月…そして、“形無し”の暁斗」
「“形無し”…」
「異形の斬魄刀。形を持たずに自身の内部に存在する斬魄刀。それが暁斗」

カシャン…と刀同士が触れ合う、その音だけが響いた。

「ねぇ、どうして『紡がれぬ名を持つ者』と呼ばれるの?」

紅が問う。
ルキアは躊躇うように視線を巡らせた後、答えた。

「『転為術』は瑣迅にしか使えない。その能力は大きかった」

浮かぶのは、流れるような漆黒の髪。
紅と同じく青みがかった黒い瞳はいつも優しく笑っていた。

「あの人はその能力を使われることを拒んだのだ。そして…」

沈んでいた自分を慰めてくれた優しい笑顔。

『お前は抱え込みすぎだ、馬鹿。もっと周りを頼れって。な?』

二度とその笑顔を見ることはない。
海燕と同じように。

「大きすぎる力が敵に回るのを恐れられ……処刑された。
その力を再び持つ者が生まれないようにと、名前を紡ぐことさえ許さずに」

Rewrite 05.11.22