Raison d'etre sc.042
「ここは?」
一護が声を上げる。
紅は無言のままにただ一点のみを見つめていた。
やがて、彼女の視線の先に一人の男が現れる。
身丈ほどの大刀を背負った、萱草色の髪の男。
一護の目が大きく見開かれた。
『よぉ、一護』
軽い調子で手をあげる男を指さし、一護が叫んだ。
「お………俺!?」
「混乱させてごめん。彼の名は暁斗。私の斬魄刀の一人よ」
一護の姿を持つ男、暁斗は紅の隣で口元に笑みを携えたまま一護を見ていた。
混乱した様子の一護だったが、とりあえず取り乱す事もなく二人を交互に見やる。
「…その姿は?」
『これは紅に文句言えよ。コイツの頭の中に一番強く残ってるのがお前の姿だったんだからな』
暁斗が親指で紅を指しながら答える。
彼に指されたまま、紅は息をついて肩を竦めて見せた。
『で、お前のさっきの質問の答えだ』
「さっきの質問?」
『“ここが何処なのか”。答えは、俺の世界』
同じ顔で同じ背丈で同じ声。
しかし、はっきりと二人は別人だと言い切れる点があった。
それは……。
「…暁斗笑いすぎ」
『そーか?』
眉間の皺がない事と、惜しみない笑みを浮かべている事。
形容するならばニヤリと、あくまで爽やかな笑顔とは程遠いものであると言う点においては相違ないが。
暁斗を見て、一護が不満げに視線を逸らす。
そんな彼の仕草に、紅は懐かしさを感じずには居られなかった。
自然と柔らかく緩んだ表情に気づいた一護が口を噤む。
「紅…?」
「……一護とね。話がしたかったの」
紅がそう切り出した。
彼女が紡いだ言葉を聞き、暁斗は無言のままにその場から姿を消す。
『向こうの一秒を一時間にしてやる。しっかり話せよ』
「ありがとう」
暁斗の声にそうお礼を述べ、紅は視線を落す。
一護は彼女が話を始めるまで何も言わなかった。
言葉を選ぶように俯いている彼女の気持ちはこれでもかと言うほど良くわかる。
自分自身、頭の奥では未だに嵌らないピースが散らばっていた。
もう会う筈のない人だった。
しかし、出来る事ならば会いたいと、信じても居ない神に願った日もあった。
ただ、何かをしたいなどと言う事を望むわけではなく―――
「会いたかったよ」
一護の心の声を代弁するかのように紅が口を開く。
優しい微笑みを携え、彼女は続けた。
「怒るかもしれないけど…。私が今こうして刀を握っているのは、一護…あなたを護る為」
斬魄刀に手を伸ばしてそう告げる。
僅かにその息吹きを感じられたような気がして、紅は笑みを深めた。
「また会えるとは思ってなかったの。それの為に頑張ってきたわけでもない。でも…」
躊躇うように視線を落とし、だがすぐに顔を上げる。
そこに笑顔はなく、透明の雫が頬を伝った。
「会いたかったよ…っ!」
縋りつくように、その存在を確かめるように。
紅は一護の死覇装を握り締めた。
彼の胸に額を預け、細い肩を震わせる。
「紅…」
「大丈夫だと思ってたの。あなたが居なくても…。会えなくても、護れればいいと思ってた」
一護は片手で紅の頭を支えた。
別れた時よりも開いた彼女との身長差。
自分と彼女の成長の歩幅が違う事を、嫌でも認識させられる。
「だけど………駄目だね、会っちゃったら。出来ることなら、またあの日に戻りたいって…」
「俺も、会いたかった」
「…一護…」
「心配してたんだぜ、これでも。ルキアはお前を知ってるって言うしな」
顔を見なくてもわかる。
一護は口元のみに笑みを浮かべ、語っているのだと。
「ルキアからは殆ど何も聞いてねぇけど…お前に間違いねぇって思ってた。いつまで経っても人優先なんだな、紅」
「……悪かったわね」
「いや、変わってなくて嬉しい」
「………一護も変わってない」
クスクスと紅は笑みを漏らす。
慰めるわけではなく、ただ髪を梳くだけのまるで子供をあやす様な彼流の泣き止ませ方。
小さい頃から変わっていないな、と紅は思う。
目尻に留まった涙を指で拭い、紅は彼の死覇装を離した。
もういいのか?と首を傾げる彼に頷き、そして笑む。
「ルキアね…きっと迷ってる」
「そうなのか?」
「うん。ひょっとしたら自分の居場所がないって思ってるんじゃないかしら…」
名に恥じぬように頑張らなければ、と思うあまりに。
彼女は自らの感情を持て余し、そして周囲の人の感情も見逃してしまっていたのだと思う。
「だから、殺されてしまうなら…助けてあげて。現世に連れて帰ってあげて欲しい」
「…ああ」
「でも、もし無事に居られるならば……その時は自分で選ぶと思う」
「ルキアの事はあいつが自分で決めればいいと思ってる。俺はただ、助けられればいい」
一護の答えに、紅は一瞬黙した。
しかし、その後ふっと表情を和らげる。
「一護だなぁ…」
「あ?」
安心したような、それで居て懐かしむような声で微笑む紅に、一護は間の抜けた声を上げた。
ぶっきら棒な中に垣間見える優しさを愛おしいと思う。
「あんまり一護らしい答えだから…暫く聞いてなかったし」
「…だな」
嬉しそうに笑む紅を前に、一護とて表情を硬くしているはずもない。
いつもの彼からは考えられないような、優しい表情を見せた。
「それより…」
一護がそう切り出す。
紅は何の事だろうかと彼の言葉を待った。
「紅、お前はどうするんだ?」
「わ、たし…?」
「ルキアの事は俺が何か言うまでもねぇ。だが…お前の答えだけは聞いておきたい」
真剣な眼差しは誤魔化す事を許さない。
逸らすこと即ち逃げを表すような気がして、紅は彼の目を見つめ返したまま口を閉ざした。
そして、硬い唇が緩み……ゆっくりと言葉が乗せられる。
「私は――――」
05.07.30
Rewrite 05.11.21