Raison d'etre  sc.041

「――――で、何でつい数時間前ぶっ倒れた奴がいねぇんだよ?」

不機嫌を露に、日番谷は口を開く。
彼の視線の先には、空になった布団。
すでに名残の体温すら残さないそれは、持ち主を失ってかなりの時間が経過している事を表していた。

「いつもの事ですよ、日番谷隊長。じっとしてるのはあの人らしくないでしょう」

霧渡はそういいながら四番隊への報告はどうしようかと頭を悩ませる。
こうして紅の行動が原因で悩む事には慣れてしまっている自分が恐ろしい反面、任される事に喜びを感じる。
矛盾しているなと思いながらも、霧渡の表情は穏やかだった。
恋愛感情ではないと断言出来る、信頼関係。
霧渡の表情を横目に日番谷は首を振った。

「いつも通りなら心配しねぇよ」

溜め息混じりにそう言うと、彼は冷めたシーツを持ち上げる。
彼女の性格を表すようにキチンと整えられたそれに皺が入った。

「倒れたばっかりだってのに…何処に行きやがったんだよ…」

呟くように言う日番谷。
そんな彼を見て、霧渡が答える。

「…そんなに隊長が大切ですか?」

彼の言葉に、日番谷は顔を上げる。
振り返るようにして霧渡を見れば、真剣な表情で此方を見ていた。

「……あぁ」
「そうですか…」

日番谷の答えに霧渡はふぅと息をつく。
そして、恐らくは彼ならば気づくであろう最大のヒントを紡いだ。

「隊長は会いに行きました」

日番谷の顔に驚愕の色が映る。
そして、詰め寄るようにして口を開いた。

「知ってんのか!?アイツが何処に行ったのか!」
「はい。丁度、俺が来た時に出て行かれましたから」
「アイツは…紅は何処に………」

“何処に行ったんだ”と問い詰めようとして霧渡の襟首を掴んだ日番谷。
だが、彼の言葉を思い出した。

『隊長は会いに行きました』

――誰に?

そんな事は決まっている。

「……日番谷隊長なら、わかりますよね」

――彼女を隣で支え、見つめてきたあなたなら。

日番谷が紅に想いを寄せている事くらいは解っている。
そして、彼女自身も同じ想いを返しているのだと、彼のために強くなろうとしているのだと思っていた。
今回の旅禍の件がなければ。

出来るだけ見せないようにしている、旅禍を案じる背中や、彼らのために必死に動く横顔。
いつもは副官である自分を連れて行く場面ですら、彼女はあえて別の任を与える事で遠ざけた。
むろん、霧渡はそれに気づいた上で彼女の行動を許していたのだが。

襟首を掴んでいた彼の手が緩む。
日番谷は視線を落とした。

「会いに、行ったんだな?」
「はい。そう言っていました。“会いに行く”と」
「…身体の方は大丈夫なのか?」
「本人は“病気ではないから大丈夫だ”と言っていましたよ。特に辛そうな様子でもありませんでした」

辛そうならば俺だって止めてます、と言う霧渡の言葉に日番谷は「そうか」と短く返す。
そして、主を失った布団を一瞥するとそのまま部屋の出口へと歩き出した。
部屋を抜ける寸前に、背中を向けたまま霧渡に言う。

「アイツが戻ったら俺は処刑を止めに行ったって伝えてくれ」
「…追うかどうかを決めるのは隊長自身ですよ」
「………わかってる。伝えてくれればいい」

そうして、日番谷は振り返る事なく去った。
旅禍たちの現状は酷い。
彼らの仲間内で捕らえられていないのは、唯一の女性とそして紅の気にかけていた死神のみ。
その状況の中、もし彼が窮地に立たされたとすれば…。

「あなたは日番谷隊長を追えますか?」

彼を追うか、彼を助けるか。
その選択を迫られた時、恐らく彼女は―――
自分の脳裏での予想に、霧渡は髪を掻き揚げ、溜め息を落す。

「選択の時はいずれ訪れる。俺は…あなたに従いますよ、雪耶隊長」















紅は一人、双極の丘に立っていた。
風が彼女の栗色の髪を遊ばせる。
僅かに漏れ出す霊圧に、彼女は自然と目を細めた。

「こんな所にあるの?」
『信じぬならばそれでいい』
「いいえ。確認よ」

そう言うと、紅は双極を背に地面を蹴った。
ふわりと風に乗るかのように、重力に従って下りる。
少し崩れた入り口に、その身体を滑り込ませた。
遮られていた霊圧が一気に上がる。
長い梯子の横を滑るように下り、音もなく地面に降り立った。
ゆっくりと顔を上げれば、驚きに満ちた彼がその目に映る。

「…!?」
「や、一護」

ふわりと微笑む紅。
彼、一護の方は驚きのあまりに言葉を失っているようだ。

「おぬしは…」
「あぁ、自己紹介がまだでしたね。雪耶紅。零番隊の隊長を務めています。ご存知のようですけど」

紅が夜一に向かって頭を下げる。

「ちょっと待てよ…零番隊……隊長?」

一護が問う。
そんな彼の問いに、紅はゆっくりと頷いた。

「漸く無事な姿で会えたと思ったら…また傷だらけね?」

苦笑交じりにそう言い、紅は彼との距離をつめる。
手の届く距離まで近づくとその頬に手を伸ばした。
細く入った傷から流れ出たそれはすでに固まり、頬に赤くこびり付いている。

「怪我して欲しくないのに…言っても聞かないわね、一護は」
「…悪ぃ」
「いいよ。それが一護だって知ってるから」

そう言って微笑むと、紅は夜一の方を向いた。
彼女は一言も口を挟まずに二人を見ている。

「夜一さん…でしたよね?」
「あぁ」
「少しだけ、彼と話す時間をいただけませんか?」
「…おぬしもわかっておるだろう?卍解が間に合わぬ。一分…一秒すら惜しい」

帰ってきた言葉に紅は視線を落す。
そして、何かを決心したように顔を上げた。
腰に挿してある斬魄刀の一本を抜き取る。

「数秒で結構です。私の斬魄刀の世界に入りますから」
「…時限操作か。よかろう。連れて行け」

夜一は笑った。
紅も同じく笑みを浮かべ「ありがとうございます」と礼を述べる。

「一護もおぬしの事をかなり気にかけておるからな。しっかり再会を果たして来い」
「夜一さん!?」

頬を赤らめて怒鳴る一護に、紅は言い知れぬ懐かしさを感じた。

「一護、少しだけ話したい。いい?」
「…あぁ。俺も話がある」

一護の答えを聞き、紅は斬魄刀を握り締めた。

「卍解」

そう紡ぐと、紅を中心に霊圧が跳ね上がる。
一護、そして夜一すらも驚きを隠せないほどのそれ。
紅は一護の手を取った。
そして、霊圧の変動によって歪んだ空間へとその身を誘う。
二人の姿は消えた。
完全に消え去った彼らを思い、夜一は息を吐く。

「確かに受け継いだらしいな。まさかあの術を完成させるとは思わなかったが…」

彼女の呟きは空へと消える。
彼らが居ない間の数秒間、夜一はただ思い出に身を馳せていた。

05.07.18
Rewrite 05.11.21