Raison d'etre  sc.039

「――やっぱり二人一緒にいやがったか…」

日番谷が先に口を開く。
紅は何も話さず、ただ彼の隣に佇んでいた。
だが、その眼にいつもの優しさはなく……。
そこにあるのは触れれば切れるような、研ぎ澄まされた眼。

「吉良の牢だけ外側から鍵が開けられてやがった…。こっそり逃がすつもりなら…詰めが甘かったんじゃねえのか?
…市丸」

日番谷の言葉にも表情を崩さぬ市丸に、紅は人知れず眉を顰めた。

「…なんや…おかしな言い方しはりますなァ…。わざとわかるように…そうしたつもりやってんけど」
「市丸さん…」

小さく呟いた紅の言葉は日番谷にしか届かなかった。

「…雛森より先に来れて良かったぜ…」

日番谷は紅を後ろに下げるように一歩前へと出ると、斬魄刀に手をかける。

「あいつが来る前に、俺がてめえを殺す」
「!」

日番谷の言葉のすぐ後、紅はふと顔を上げた。
同時に日番谷と市丸の間に降り立った人物を目で追う。
その人物は雛森に他ならなかった。

「…雛森…!」
「……………」

日番谷の驚いた声色を聞いて、紅は彼女に視線を送った。
いつもの穏やかな雰囲気はそこになく、あるのは―――

「―――――やっと…見つけた……」

雛森は降り立った時の反動を吸収するように折り曲げていた身体を起こす。

「こんな処に居たのね…」
「止せ、雛森!!」

日番谷と紅に背を向けるようにして立ち上がった彼女は、市丸の方を向いて斬魄刀を抜く。
その背に声を上げる日番谷。

「お前に敵う相手じゃねえ!俺に任せて退がってろ!雛森!!!」
「待って…冬獅郎…様子が…」

歩を進めて彼女との距離をつめる日番谷の背に、紅は声をかける。
明らかに様子のおかしい雛森。
彼女が抜き身の刀を向けた先に居たのは…。

「――雛……森……?」
「…藍染隊長の…、…仇よ」

悲しいまでに決意を秘めた目が、日番谷を見つめた。















『紅ちゃん。憧れの人っている?』

二人で青々とした木の下で休息を取っていた時、雛ちゃんがそう私に問いかけた。
一瞬質問の意図がわからずにきょとんとしてしまった私。
それでもすぐに答えを出せた。

『居るよ』
『誰?って聞いてもいい?』
『憧れてるって言ったら…白哉さん…かな。あの人が居なかったら、今の私は在り得ないから』
『日番谷くんは?』
『日番谷は憧れとは違うね。言うなら………何だろう?』

頭の中で考えてみたが、思うような答えには至らなかった。
そんな私に雛ちゃんもクスクスと笑みを零す。

『あたしはね。隊長が憧れ』
『藍染さん?』
『うん。初めての実習の時からずっと…』
『それ何回も聞いたよ』
『そうだった?』
『よかったね。五番隊に……藍染さんの下に就けて』
『うん!』

彼女らしい優しい雰囲気と…そして本当の笑顔。
それが、彼女が幸せであると……。
藍染さんを尊敬して止まないのだと教えてくれていた。

『あたしも紅ちゃんみたいに強かったら…もっと隊長の役に立てるのかな…』
『何言ってるの?雛ちゃんは藍染さんの下で働きたいくせに』

彼女の真意はわかっている。
彼と並ぶ為ではなく、彼を補佐する立場としての自分をより高める為。
その為に彼女は強さを欲したのだろう。
だからあえて笑ってそう答えた。
そんな私に、雛ちゃんも笑顔を返して頷く。
…二人で笑ったあの日が懐かしい。

何故、彼女が失わなければならなかったのだろう…?
彼女が、誰よりも尊敬してやまないあの人を。













受け入れる事が難しい。
そんな事は百も承知だった。
だから、紅は雛森の好きにさせてやりたかった。
なのに…現実の歯車は狂ってしまっていた。

「どうして…」

紅の口からそんな呟きが零れ落ちた。
雛森の口から語られる、藍染の残した手紙の内容―――
そこには信じがたい事が書き連ねられていた。

「――そう…書いてあったのか…?藍染の手紙に…」

刀を向けられたまま、日番谷も驚愕の表情を浮かべる。

「……そうよ。…そして、こう続くの」

流れる涙を止める事もせず、雛森は手紙の続きを紡ぐ。
震える手で、ギュッと刀を握り締めた。

「五番隊隊長としてではなく…一人の男として…、…君に…、…願…う…」

手も、声も。
震える自分を叱咤するようにしながら、雛森が告げた。

「ああああああ!!!」

床と平行に構えたままだった刀を振り上げる。
彼女の一撃が、あたりに砂塵を巻き起こした。
動きたがらない自らの身体を無理やり動かして、紅はその場から離れる様にして後方へと飛ぶ。
先程雛森の口から告げられた内容に、紅の心は揺れていた。
日番谷を疑っているわけではない。
誰が、その手紙を改竄したのか…と。

「わからない…っ」

何を信じて、何を疑えばいいのか―――。













砂塵の中から日番谷が滑り出てきた。
そんな彼に攻撃を繰り返す雛森。
彼女を止めようと、紅が一歩動く―――

「手を出すな、紅!!」

日番谷の声が紅の耳に届いた。

「な…なんで!?」
「お前に雛森の相手をさせたくねぇ!退がってろ!!」

背後に居る紅の行動がわかっているかのように、日番谷が言葉を重ねた。
告げられるそれに、一瞬悩んだ末…紅は身体の力を抜く。

今優先すべきは雛森の誤解を止める事―――

それでも、それ以上に紅が友人である雛森と刀を交えない事を考えた日番谷。
彼の意思を無碍に出来ず、紅は言われたとおりに一歩下がって事の成り行きを見守る。
それを横目に見届け、日番谷は雛森に向かって再び声を上げた。

05.06.22
Rewrite 05.11.20