Raison d'etre sc.038
「なるほどね…」
ここは恋次が捕らえられていた牢。
紅は霧渡と共にその場へと足を運んでいた。
「申し訳ありません!!」
そう言って頭を下げる牢番。
彼の鼻の頭は未だに赤みが取れていない。
「相変わらず無理やりと言うか何と言うか…。何も罪なき牢番を伸していかなくてもいいのにね」
呆れたように笑みを浮かべて、紅は壊された牢を見やる。
「隊長…そんな悠長に構えていていいんですか?」
「恋次に関しては問題ないわ。彼は自分を強めるためにここを出て行ったんでしょうし…」
そこで一旦言葉を濁す紅。
霧渡が牢から視線を外して紅を見た。
「問題は、雛森ね…」
「雛森さんですか…?彼女の方がもっと問題ないでしょう。温厚な性格ですし…」
「本気で言ってる?」
壊れた牢の破片を持ち上げたまま、紅の視線が霧渡の方を向く。
「温厚な性格だからなおの事。何で脱獄するの?」
「…あ」
「確固たる意思を持って彼女は脱獄した…となると…危ないわね」
持っていた破片を牢の中へと投げやると、紅はそこから踵を返した。
霧渡が慌てて紅の後を追ってくる。
「吉良が捕えられていた牢にも行ってみる必要がありそうね」
「彼の牢はこっちです」
霧渡は紅の進む先を示すようにして前へと躍り出ると、そのまま彼女を誘導して歩く。
「………外側から開錠されてる…」
牢の鍵を見下ろして紅がそう呟いた。
その声は後ろに控えていた霧渡には聞こえない。
暫く俯いて考え込んでいた紅だったが、恋次の牢よりは短めにその場を後にした。
「霧渡」
「はい」
「先に帰ってなさい。私は…冬獅郎と合流するわ」
「隊長…?」
「雛森を追うでしょうから…私も一緒に行く。樋渡には明日恋次を探すように伝えておいて」
そう言うと、紅は床を蹴って屋根へと飛び乗った。
速度を上げて日番谷の霊圧の方へと駆ける。
「冬獅郎!」
前方に彼の姿を捕らえて、紅は声を上げた。
「!紅か…」
「雛森の所……って言うより、市丸さんの所に行くんでしょう?」
「…あぁ」
「吉良の牢は外側から鍵が開けられていたわ。これが意味する所なんて…考えるまでもない」
日番谷と同じ速度で走りながら紅が見てきた事実を述べる。
視線だけを隣の紅に向け、日番谷は足を進める。
「そうか。紅も「戻れなんて言わないでよね」」
彼の言葉を遮って、紅はそう告げる。
彼女の眼は真剣そのものだった。
「私も“隊長”よ?護られる様な事には絶対にならない。それに…雛森は大事な友人」
ルキアと比べる事は出来なくとも、大切な事に変わりはない。
「それに…信じたいから…」
「……市丸か」
納得したような日番谷の声に、紅は頷く。
「もう、自分で見たものしか信じられない」
きっぱりとした声。
日番谷は紅に見えない様に苦笑を浮かべた。
彼女を止める事など、自分にできるはずがない。
これほどまでに強固な意志を崩す術はない。
日番谷は少し速度を上げた。
「行くぞ」
「!うんっ!!」
それだけの事で嬉しそうな表情を見せる紅に、安心させられている自分がいた。
混乱する瀞霊廷内で、ただ無条件に信じられる者。
紅にとっても、日番谷にとっても。
解いていた髪が風に揺れる。
その自在な動きはまるで彼女自身を示すように。
戒めるものは自分。
決意をその瞳に宿し、紅は髪を纏め上げる。
「紅」
背中に日番谷からの声がかかった。
振り向いて彼の方を向けば、その真剣な瞳が映る。
「もしもの時は斬魄刀を解放する」
その言葉に、紅は黙って頷いた。
「大丈夫。巻き込まれたりしないわ」
「そう言う事じゃねぇよ…」
「“もしも”の時は逃げろって言いたいの?」
そう問えば、日番谷は口を閉ざす。
それは明らかな肯定と取れて…。
紅は首を横に振った。
「…危ない時には逃げるの?今もしも逃げたとして…この先もずっと?そんなの…私は嫌よ」
日の暮れた空を仰ぐ。
「心配してくれるのは嬉しいけど…それは聞けない」
「…………………」
沈黙する日番谷に近づくと、紅はゆっくりとその手を取った。
「護るためにこの手を取ったの。逃げろだなんて…言わないで」
「…悪かった」
「護りたい人…今では彼だけじゃないよ」
日番谷の手を解放すると、紅は微笑を浮かべて続けた。
「ルキアも、雛ちゃんもそうだけど…。冬獅郎。私はあなたも護りたい」
護りたいのは、大切な人。
大切な人だから、護りたい。
その人が強いか弱いかは関係なく…ただ紅の中にある想い。
「俺も……紅、お前を護りたい」
「…ありがとう」
その時、覚えのある気配が近づいてきた。
二人の目に鋭気が宿る。
05.06.01
Rewrite 05.11.20