Raison d'etre sc.037
『そろそろ主にも説明せねばなるまい』
「霽月?」
いつの間に出てきたのか、霽月が紅の隣にいた。
夜一を見た後だからそう思うのかわからないが…彼女は夜一と同じ空気を持っている。
少なくとも、紅はそう感じた。
『卍解には“具象化”が必要だと言う事は話したな?』
「聞いたわ。卍解に必要なのは“具象化”と“屈服”…でしょう?」
『その通り。今、主は此奴の世界へ入っておる。それは“具象化”ではない』
『ただ単に俺の世界にお前らが入り込んでるだけだ』
男が霽月の言葉に付け加える。
紅は頷きながら聞いていた。
『此奴は特殊なヤツでな…。この世界で…否、どこでも構わない』
「…?」
『此奴の場合のみ、始解を飛ばしているのはわかっているだろう?』
「え…あ、そう言えば…」
『特殊なヤツでな…。此奴は卍解のみだ』
「そんな斬魄刀って…」
『細かい事は気にせん方がいいぞ。例外だらけの出鱈目な奴だからな、此奴は』
霽月は男を指しながら溜め息混じりにそう話す。
紅には疑問だらけだった。
彼女の脳内を覆いつくした疑問符に気づいたのか、男はガシガシと頭を掻いて声を上げる。
『悩むな!俺の名を聞きたければ認めさせろ!覚える必要があるのはそれだけだ!』
「わ、わかった」
『そうと決まればさっさと始めるぞ。霽月!お前もいい加減戻れ』
『……再起不能にはするな』
それだけ言うと、霽月は姿を消す。
紅は腰を上げて、斬魄刀を挿しなおした。
『安心しろ。ここでいくら怪我しても向こうには響かねえよ』
背負った刀を抜き取ると、そう言って口元に笑みを携える。
『!』
一護の姿をした男が不意に攻撃の手を止める。
今、まさに彼と刀を交えようとしていた紅は、刀が引かれたことに対して慌てた。
そのまま彼の身体を貫きそうだった天狼を引き、瞬時に崩れた体勢を整える。
隙が出来たのはほんの一瞬。
明らかに反応が良くなってきている紅に、男は内心笑みを深めた。
「な、何するのよ…危ないじゃないの!」
危うく一護を斬るところだった、と紅はそこに対して怒る。
何度あいつとは違うのだと言っても、彼女は己が姿を借りる彼らを傷つける事を拒んだ。
『誰か近づいてくるな…。…あぁ、お前の副官だな。どうする?』
気配を探るように閉じていた目を開くと、男は紅に向かって問いかける。
「霧渡?私を探してるのかしら…」
『ここに呼んでやるよ』
そう言うと、男はふとその姿を消した。
次の瞬間。
「え!?」
紅の前には霧渡の姿があった。
まるで瞬間移動したかのように見える。
「あ?た、隊長?」
「ここに呼んだのは私の力じゃないわ。それより…何かあったの?」
「あ、はい。旅禍の報告に探していたんです」
未だに状況がつかめていないようだが、霧渡はすぐに体勢を正して紅に向き直る。
「5人の旅禍のうち、3人がすでに拘束済み。
五番隊長殺害の重要参考人として地下救護牢〇七五番にて監視されています」
「3人…。残りは?」
「…隊長の気にかけていた旅禍は未だ拘束されていません。彼と、後は唯一の女性旅禍です」
「そう」
少し考えるような素振りを見せた後、紅は顔を上げた。
「状況説明を」
「四番隊第七席、山田花太郎が責任を問われています。この件は現在四番隊長の方で話が進められているようです」
紅は確認するように「山田花太郎」と紡ぐ。
自分の記憶に間違いが無ければ、彼は一護を癒した四番隊員だったはずだ。
「後、十二番隊長も負傷。液体化にて現在は肉体を戻せない状態にあります。…他はあまり大きな変化はありません」
「…涅さんね。わかったわ。零番隊員は無事?」
「はい。八席と九席が気絶させられていましたが、現在は回復して情報収集に回っています」
霧渡はそう言って状況を書き上げている紙を懐へと仕舞いこんだ。
未だ抜刀したままだったことに気づき、紅はそれを鞘に納める。
「何か指示はありますか?」
「彼らには一応四番隊に向かうように命令を」
「わかりました」
八席と九席の配置はチャドが落ちたあたりだった。
恐らく大した怪我はないと思うが、紅は念のために霧渡にそう告げる。
「それから卯ノ花隊長に、私の名前で山田花太郎の処分の軽減を望む、と」
「わかりました。文書として伝えます」
「私はもう暫くここにいるわ。今日中には戻るから。各自で適当に休息を入れていいからね。
……私からの指示は以上よ。質問は?」
紅の言葉に、霧渡は少し悩むようにして「特にありません」と答える。
彼女はそれに満足そうに頷くと、にこりと笑みを浮かべた。
「じゃあ…戻って皆に伝えて」
紅がそう言うと、霧渡の姿が瞬く間にその場から消え去った。
そして、同時に紅の背後に新たな気配が生まれる。
「時間をくれてありがとう」
『ああ。どうやら状況は穏やかじゃねぇな』
「…全くだわ」
『んで、てめぇは今日中に帰るつもりなんだな?』
「当たり前」
迷いの無い言葉と、その眼差し。
男は口角を持ち上げた。
『じゃあ…やってみろよ?』
そう言って挑発的な笑みを浮かべる。
紅は再び刀を手に彼と対峙した。
『斬月が出ておるな』
「?」
霽月がそう漏らした。
小さな声ではあったが、紅はそれを聞き逃さない。
『斬月が“具象化”しておる』
「って事は…」
『ああ。あの者も卍解の準備を始めたらしい』
「そっか…私も何とか間に合ったみたいね」
ほっと息を吐き出すと、紅は隣に置いていた斬魄刀を持ち上げる。
それぞれをいつもの位置に挿すと、立ち上がった。
「冬獅郎!」
「!紅…お前どこに行ってたんだ?霧渡が何度か探しに来たぜ?」
「ちょっとね。それより…乱菊さん…」
紅の視線はソファーで横たわる乱菊へと向けられる。
彼女は規則正しい呼吸を行いながら眠りへと落ちていた。
「あぁ、眠ってるだけだろう」
「そっか」
十番隊の執務室へやってきた紅。
引き継ぎ業務を進めている日番谷の後ろに立つと、大きな窓から風景へと視線を向けた。
その時、目を覚ましたらしい乱菊が顔をもたげる。
紅は二人の会話を耳に入れながら、近づいてくる二つの気配に気づいた。
片方は自分の副官のもの。
急いでいる様子から、事の重大さが伺える。
「…同期………か…。…ねぇ隊長。隊長は本当に…ギン…市丸隊長のことを…」
静かに紡がれる乱菊の言葉を遮るように、足音が近づいてきた。
「し…失礼します!十番隊第七席、竹添 幸吉郎です!!日番谷隊長、松本副隊長は中におられますでしょうか!!」
「零番隊副隊長、霧渡 十六夜です!雪耶隊長はここに!?」
「何だ!開けろ!!」
「私もここにいるわ」
日番谷の返答を聞いて勢いよく開かれた扉。
「申し上げます!先程入った各牢番からの緊急報告で―――
阿散井副隊長、雛森副隊長、吉良副隊長の三名が…牢から姿を消されたとのことです!」
告げられた内容は現状を悪くするには十分なものだった。
05.05.15
Rewrite 05.11.20