Raison d'etre sc.036
「…っ!!」
天狼で何とか往なしたものの、その衝撃は大きかった。
紅の身体はいとも簡単に後方へと吹き飛ぶ。
背中を大きな岩にぶつけたのにその痛みが少ないのは、天狼が庇ったためだろう。
その事に気づき、紅は手の中の斬魄刀に微笑んだ。
『相変わらず甘いなぁ、天狼?』
前方で口元に笑みを浮かべる男。
「あー…もう…やりにく過ぎ…」
思わず紅はそう漏らす。
そして天狼を鞘に納めると、今度は天狼よりも若干短めの斬魄刀を抜き取る。
その刃は白銀と言うよりは黒に近い色をしていた。
だが、僅かな光であってもその存在を失わぬよう、その光を反射させる。
まるで新月のように。
「いい加減その姿を止めてくれない?」
斬魄刀を構えると、紅は男に向かってそう言う。
男は更に笑みを深める。
その深い笑みには見覚えがないが、男の容姿には酷く見覚えがあった。
『この姿を望んでるのはお前だぜ?』
「…そんな事くらい、嫌って言うほどわかってるわよ」
眉を寄せて、そう答える。
同時に、紅は地面を強く蹴った。
まだ男からかなりの距離がある位置で斬魄刀を振るう。
カマイタチのように斬撃は男の方へと向かう。
『甘いっ!!』
だが、それはいとも簡単に男の持つ大刀によって弾かれてしまった。
刀を振るうその姿に、紅は思わず動きを止める。
その一瞬を見逃してもらえるはずもなく…。
瞬時に間合いを詰めた男の刀によって、紅は再び後方へと吹き飛んだ。
『ったく…お前、甘すぎ』
大刀を肩に担ぎながら男が言う。
先ほど吹き飛ばされたので学習したのか、紅は体勢を立て直すと地面に降り立つ。
そして、口元から笑みを取り払わぬ男を見た。
「いい加減に、その姿をやめて」
『不可、だな』
ここまで即答されれば、いっその事潔い気もするが。
紅にとっては不快な事この上ない。
その理由がわかっているだけに、紅は自分自身に遣る瀬無さを感じていた。
『わかってんだろ?お前の迷いが、俺をそのまま映している事くらいは』
先ほどから何度かその姿を変えている。
だが、借りる姿は二人分だけ。
そしてそれは紅のよく知る人物の姿だった。
『そんなんじゃ、いつまで経っても俺の卍解は無理だぜ?』
嘲笑うように、男は手の中の大刀を地面に突き立てる。
その姿が揺らいだかと思うと、次の瞬間には別の姿を借りていた。
それも結局はさっき話した二人のうちの一人なわけだが。
「冬…獅郎…」
『お前、迷いすぎ。俺の姿が定まらねえんだけど』
日番谷の姿を借りた男は自分を見やると溜め息を吐く。
「前は一護で今度は冬獅郎…?もういい加減にして…」
深月を鞘に戻すと、紅はその場にへたり込む。
男はやれやれと頭を掻くと、付近にあった岩に腰掛ける。
仕草は本人とは異なるものの、見た目は全く同じ。
数時間前から、紅はそんな男と戦闘を繰り返していたのだ。
「ここに入ってどれ位?」
『向こうでは精々半時間。ここの時間だと……半日ってとこか』
「もうそんなに経ってるんだ…」
『向こうとは時間の流れが違うからな。修行には便利だろ?』
「便利だけど…向こうの事も気になるわ」
『なら、さっさと俺の名前を聞きとりやがれ』
日番谷の姿を借りたまま、男は笑う。
「わかってる…」
『俺はお前の望む者にその姿を変える。わかるな?』
そう問われて、紅は黙って頷く。
先ほどから何度となく一護と日番谷の姿を交互に借りていた。
言われるまでもなく、紅自身わかっていた。
自分の心に迷いがある所為だと。
三振りの刀を抱き込むように腕の中に納め、紅は小さく息をつく。
「ちゃんと…割り切れてた筈なんだけどなぁ…」
そう言いながら自嘲の笑みを零す。
『…迷う事を恐れるな』
「迷うなって言ったり迷えって言ったり…」
『時間はあるんだ。今は迷え。そして、自分なりの答えを導け。そうすれば、俺の声はお前に届く』
「…ありがとう」
紅は男の方を見て、安心したように微笑みを浮かべる。
05.04.29
Rewrite 05.11.19