Raison d'etre sc.035
「どうして俺だけ連れ帰ったんだ!!!」
一護は夜一の胸元を掴み上げ、彼女の背を壁に押し付けて怒鳴った。
声を荒らげれば傷が痛んだが、それは彼を止める障害にはなれない。
「あそこに残されて生き残れる可能性が一番高いのは俺だ!!
これじゃ岩鷲も花太郎もルキアも……っみんな殺されちまう!!」
ルキアの言葉の後の微妙な沈黙に気づく夜一。
己の見たものが全て事実ならば、その先に続く名前は恐らく…。
「自惚れるな。おぬしとて可能性は無い。彼処におった誰一人、白哉を相手に生き残れる者なぞおらぬ」
夜一は一護の剣幕に気圧されるでもなく、ただその事実を述べた。
ただ一人、彼女の中で『生き残れる者』が浮かんだが、敵か味方かを判断出来ない今はそれを語る必要はない。
「てめェ…!」
頭に血が上りきっていると言っても過言ではないくらいに、一護は冷静を欠いていた。
と、次の瞬間一護は己の身体に浮遊感を受ける。
次に来たのは背中への衝撃。
傷口に熱が集るように鈍く痛み、それが一瞬呼吸機能を狂わせた。
「おぬしが救いたかったのはルキアか?それとも…あの娘か?」
「っ!!」
呼吸を乱しながらも一護が息を呑んだ。
それが示すのは明らかな肯定。
「あの娘を失う事が怖いか、一護」
「…うるせぇっ」
腕に抱いた躯の冷たさ。
眠るように、二度と変わらない表情。
あの時の現実は、忘れる事を許さないとばかりに記憶に深く刻まれている。
「一度失ったあの娘の笑顔が消えるのが恐ろしいか」
「黙れっ!!あんたに何がわかるんだ!!」
死ぬかもしれないと思った時、不意に手に感じたぬくもり。
もう二度と触れ合う事を許されないものだと思ったのに…その手は確かに温かかった。
ルキアとの再会の後に目に映した彼女は、己の傷を見て哀しげに、それでも微笑んで紡いだのだ。
二度とその声で呼ばれる事のないと思っていた、自分の名前を。
「これ以上紅の居場所を消してたまるか!!」
ルキアがまだ己の傍に居た頃、彼女は言った。
『安心しろ。紅は笑っている』と。
まるで彼女を誇るように。
紅が笑っていられる場所があるならば、それが自分の隣でなくてもよかったのだ。
ただ、彼女が笑みを失わないなら。
「あの娘は死なぬ」
「な、んでわかるんだよ…?」
あの時紅は明らかに自分を庇ったのだ。
紅の向こうに見えたのは、白哉の驚いた表情。
旅禍である自分を庇ったのだから、彼女は花太郎と同じく彼にとっての敵となった…はずだ。
「白哉は紅を殺さぬ。いや…殺せぬ」
何かを懐かしむように目を細めながら、夜一はしっかりとそう言い切った。
何故彼女がそう言い切れるのか。
断言できる理由を、一護は知らない。
「“殺せない”…?」
「あの娘が雪耶紅ならば、白哉は殺せぬ。例えあの娘が…おぬしを救ったとしても」
「紅が…紅ならば?」
訳がわからない、と一護は眉を寄せる。
その繋がりを読み取る事が出来ず、彼はただただ頭を捻らせた。
「あの娘は死なぬ。それだけは事実だ」
この話はこれで終わり。
まるでそう言うように切り離された声。
そして次に続いたのは、再び現状へと視線を向ける言葉だった。
「あの時彼処におった者の中で、白哉を倒せる可能性のある者など皆無じゃった」
彼女の言葉に一護は軋む身体を起こしていく。
冷たい床の感触が腕に伝わったが、心に灯った小さな使命感を消すには至らない。
「3日あれば、おぬしだけはその可能性が見えてくる」
夜一の言葉に、一護は己の内で勢いを増す存在に気づく。
己だけに託された、使命。
「今度は皆をまとめて助け出せ!!」
迷っている時間など、自分には必要なかった。
『最後の斬魄刀……卍解はまだであろう?』
霽月がそう言った。
紅が霽月に目を向け…頷く。
「あれは…確かに卍解はまだだけど、それ以前に…」
『今以上の強さを望むなら、まずはそこから始めるべき。わかるな?』
問われ、紅は黙って頷く。
『するも、しないも主次第。だが、主がすると言うならば……私は手を貸そう』
そうして差し出された手。
『主との付き合いは決して長くはない。だが、私は主を好いておるし、信頼しておる。大丈夫だ。………主ならやれる』
不安げに揺れる紅を見て、霽月は優しくそう言った。
それを聞いて、紅は頷く。
そして、差し出された手を取った。
05.03.20
Rewrite 05.11.19