Raison d'etre  sc.034

夜一が去るのを見届けると、白哉は踵を返した。
浮竹が止めるのも聞かず、歩を進める。
そして、進行方向にいた紅の腕を引いた。

「白哉さん!?」
「来い」

短くそう言われ、紅は口を閉ざした。
引かれるままに足を動かしながら、浮竹を振り返る。

「浮竹さん!ルキアをお願いします!」

そう一言だけ叫ぶと、紅は素直に白哉の後をついていった。













「白哉さん!放してくださいっ!」

白哉の早い足運びに、紅は小走りでついていく。
どれだけ声をかけても白哉は振り返る事も答える事もなかった。
そんな彼に、紅は表情を歪める。

「放してください、白哉隊長」

師としてから一度も紡いだ事のない呼び名を唇に乗せる。
僅かに緩んだ手から己の腕を解き、紅は漸く足を止めた。
彼の視線が睨んでいるように見えたのは己への罪悪感故だろうか。

「…“旅禍と関わるな”そう仰りたい事はよくわかっています。けれど、それは聞けません」
「紅」
「私の事を思ってくれている事も、わかっています。でも……私には出来ません。
彼は……私にとって掛け替えのない人ですから…。他の誰も、彼の代わりにはなれません」
「…まだ過去に縋りあの男に未練を残すのか」

そう言われ、紅は口元に自嘲気味な笑みを浮かべる。

「そうですね…。吹っ切れたつもりだったんですけど……まだ駄目みたいです。彼を前にすると…」

紅はそう言って目を逸らした。
人通りのない廊下。
広がる景色に目を向けつつ、続ける。

「どうすればいいですか、なんて誰にも聞けませんよね」

敵であると、そう決めた筈なのに。
どうしてこうも揺れるのか。
彼を見ただけで揺らぐ心は正直で………行動すらも支配する。

「何故庇った?」

白哉がそう問うた。
紅は少し考えるようにして…答える。

「何故でしょうね。身体が勝手に動いたんです」

幾度となく見た、白哉の斬魄刀の解放。
それを彼が受けられるとは思わなかった。
血まみれで横たわる姿を見る勇気はなく、気がつけば飛び込んでいた。

「………それが答えか…」

白哉も紅と同じく彼女から視線を外し、景色へと向ける。

「あなたに真剣を向けるつもりはありません」
「奴を庇うなら、いずれそうなる」
「それでも、私に敵対する意思がない事だけは覚えておいてください」

微笑みながら、そう言う。

「味方とはいかないかも知れませんが……それでも、私は白哉さんが好きですから」

教わるごとに彼と言う存在を知り。
そして、人柄に憧れた。
冷たい中に見える、優しさの欠片。
それを汲み取る事は難しく、他の人なら見逃してしまうような小さなもので。

「…行け」

そう言って、白哉が紅に背を向けて歩き出す。
やがて、彼の背中は見えなくなった。
ずっと、眼前に置いて追ってきた背中。
冷たくて……それでも優しくて。
その背中があったから、ここまで強さを手に入れられた。

「本当に………憧れているんです」

胸のうちを見せず、それでも時折見せてくれる優しさに。
あなただから、安心して追っていけた。
そんなあなたに、初めて背を向けましょう。

「ありがとうございます」

我侭を聞いてくれて。心の中でそう思う。
紅が白哉に甘い事は、彼女自身よくわかっている。
だから、実力はともかく紅は絶対に彼に勝る事はない。
他の何かが関わってこない限りは。
実力行使という手もあったのだ。
紅を閉じ込め、彼との接点を完全に絶ってしまう。
それをしなかった白哉。
見えない背中に、深く頭を下げた。














「私に何が出来んだろう…」

目を瞑ってくれた白哉の為にも、自分から諦めたくはない。
みすみす彼らを死なせるわけには行かない。

『紅。卍解を覚えておるな?』

行き成り目の前に霽月が姿を現した。
物思いに耽っていた紅は驚いて目を見開く。

「せ、霽月……心臓に悪いからもう少し予告して…」
『馬鹿者。それほど注意力散漫になっている主が悪い。して、返答は?』
「もちろん覚えてるわ…。あれだけ苦労したんだから」

弾む鼓動を抑えながら、紅が頷く。
それに、霽月が満足そうに微笑んだ。

『斬月はまだ始解段階。あの者はまずそこから卍解に移るのだろう』
「卍解を……三日で?」

紅が険しい表情を見せる。
それもその筈。
紅は零番隊長に任命される一ヶ月前にそれを習得した。
周囲の人々は驚愕の色を浮かべたのだ。
十年二十年かかると言われた卍解を一年足らずで習得したのだから無理はない。
しかも、紅の斬魄刀は三振り。
霽月、深月、天狼…これら全ての卍解の習得を終えている。

『確かに、主が驚くのも無理はない』
「まぁ、それは私が心配しても仕方ないわ。他の理由があるんでしょう?」
『よく理解した、さすがだ』

霽月が嬉しそうに微笑む。
そして、真剣な眼を向けて言った。

『最後の斬魄刀……卍解はまだであろう?』

05.03.08
Rewrite 05.11.19