Raison d'etre sc.033
息をするのも辛いような霊圧の中、紅は一護と同じく顔色を変えずに二人を見ていた。
視界の端に膝をつくルキアを捉える。
「拾った命を捨てる為にこんな処まで来るとはな…愚かな奴だ」
白哉が静かに言う。
「…捨てに来たつもりなんて無えよ。あんたを倒して、俺は帰る」
斬月を構え、一護はそう言った。
その言葉を聞いて、紅は目線を落す。
離れていた時間を感じる。
帰ると言った一護を、直視できなかった。
見えない壁が、二人を別つ。
表情の翳りに気づいた浮竹が彼女を案じるように僅かに腰を折った。
「雪耶…?」
「何でもありません」
心配そうに見つめる視線に、軽く微笑みを返した。
頭を振ると、下げていた視線を上げる。
今、出来る事。
それは見届ける事。
そして………彼らを助ける事。
「…大層な口を…利くなと言った筈だ、小僧」
白哉の視線が冷たく射抜く。
彼の姿が消えた。
「瞬歩…」
師であった彼のそれを、紅は何度も見た。
だからこそ、紅には見えている。
一護の後ろに斬魄刀の刃が光る。
これで白哉の刀を受けるなら、一護はそれまで。
紅は手を握り締めて、その場に留まっていた。
ガッと刃が互いを弾きあい、その反動で両者は間合いを取った。
一護には白哉の瞬歩を的確に捕らえ、己を貫こうとする刀を、自分のそれで防いだのだ。
「雪耶、彼と君の関係は?」
そんな二人を見ていた浮竹が、そう紅に問うた。
『関係』と言う単語に彼女が肩を揺らしたが、それは第三者が気づくほどの反応ではない。
出来るだけ声が震えないようにと、己の喉を叱咤して紅は彼への答えを紡ぐ。
「…生前の知人です」
「そうか…」
それ以上何も聞かない浮竹の配慮に、心の中で礼を述べた。
自惚れる前に、とその実力差を見せる為、斬魄刀を解放すべく構える白哉。
彼が斬魄刀を解放すれば、一護はただでは済まない。
視界の向こうに血に沈んだ岩鷲の姿を捕らえ、紅の脳内には警鐘が鳴り響いた。
彼女の足は、本能に忠実に動き出す。
「雪耶っ!!」
慌てて止めようとする浮竹に構わず、床を蹴った。
「死なせない」
そう呟く紅の声が、誰に届くはずがない。
何者かが白哉の斬魄刀を封じるのと、紅が一護の前に滑り込むのはほぼ同時だった。
「先代隠密機動総指令官、及び同第一分隊『刑軍』総括軍団長――」
「四楓院夜一」
そう説明したのは誰の声だったか。
切れ長の眼が、白哉を捉える。
「久しく見ぬ顔だ。行方を晦ませて百余年…死んだものとばかり思っていたが…」
白哉がそう口を開いた。
「…紅、悪いな。どいてくれ」
前に立っていた紅に、一護がそう言った。
紅はただ彼を一瞥すると、素直に横へと移動する。
一護の視線が、紅から夜一へと移った。
夜一の姿が揺れる。
一護に近づいたのに気づいた紅は咄嗟に刀を抜き取った。
彼の腹部に夜一の手が埋まるのと同時に、天狼の刃が真っ直ぐに夜一の喉へと向けられる。
「何のつもりだ、零番隊隊長」
夜一は斬魄刀の切っ先を突きつけられたまま、紅へと視線を向ける。
その紅の眼は、とても友好的と言えるものではなかった。
「刀を寸での所で止めた理由は?」
「…気づいておられたんですか」
「儂を誰だと思っておる」
口元に笑みを浮かべて、夜一は倒れてくる一護の身体を支えた。
紅が夜一に刀を向ける理由…それは一護に攻撃を加えたから。
「あなたの手に、薬がありましたから。もっとも、この程度であなたを貫けるとは思っていませんでした」
スッと彼女の喉元から刀を引きながら、紅は静かに答える。
夜一の行動が一護の為だと初めから気づいていれば、刀を抜くことなどしなかった。
「儂の動きに追いついただけでも優秀じゃ」
お世辞ではなく、夜一は紅を褒めた。
事実、今この場に居る者の中で反応したのは紅ただ一人。
反応出来たのは白哉、浮竹も同じであろうが…彼らと同等かそれ以上の実力がある事は容易に想像出来た。
キンッと鯉口を鳴らして斬魄刀を腰へと戻す。
そして紅は一護を肩に担ぐ夜一の横をすり抜けた。
「何度も一護を助けてくれてありがとうございます。黒猫さん」
小さく、囁くように紡いだ言葉は夜一にも届いていた。
「勝手な事をするな」
そう言われ、紅は視線を落す。
今、彼の視線を真っ向から受けられるほど…自分の精神は強くないと思った。
「…彼を治す気か、夜一」
浮竹にも、夜一の行動の意図はわかっていたらしい。
声を発した彼に、夜一はその名を呼ぶ事で答えた。
「治させると思うか」
一歩踏み出した白哉が口を開く。
「させぬ。兄は、ここから逃げることはできぬ」
「…ほう、大層な口を利くようになったの、白哉坊。おぬしが鬼事で儂に勝ったことが一度でもあったか?」
「…ならば試してみるか?」
二人の視線が交わり、その姿が消える。
紅はそれの邪魔をしないように、同じく瞬歩でその場を離れた。
次に紅が姿を見せたのは、彼らから十メートル以上離れた場所。
夜一と白哉。
双方の姿を、一度も見失う事は無かった。
「その程度の瞬歩で、逃れられると思ったか」
冷たい視線を差し向け、白哉の斬魄刀が夜一を捕らえたかのように見えた。
彼の一撃に赤い血を散らした彼女は、一瞬の間に白布へと成り代わる。
驚く白哉の腕に足を乗せた夜一。
彼女は勝ち誇ったように口元に笑みを刻んだ。
「その程度の瞬歩で、捕らえられると思うたか?」
そう言った、次の瞬間。
夜一は一護を抱えたまま屋根の上まで移動していた。
「3日じゃ。3日で此奴をおぬしより強くする」
夜一が言い切った。
その場の全員の視線を受けようと、それは揺るがせないとばかりに強い意志の含まれた言葉。
「それまで勝手じゃが暫しの休戦とさせて貰うぞ。追いたくば追ってくるが良い。
“瞬神”夜一。まだまだおぬしら如きに捕まりはせぬ」
僅かな風のみを残して、夜一はその姿を消した。
05.02.08
Rewrite 05.11.17