Raison d'etre sc.032
「やめて……」
紅の唇がそう紡ぐ。
その言葉が届いたとしても、白哉は止まらないだろう。
わかっていても、何かせずにはいられない。
目の前で、血が舞う。
白哉は岩鷲に対して圧倒的な力の差を見せた。
触れる事すら叶わず、一撃すらも届かない。
白哉の斬魄刀が、岩鷲の身体を切り裂いた。
「白哉さん…っ」
動かす事は出来る。
だが、震える腕では白哉を止める事は出来ない。
無力さに、唇をかみ締めた。
「もう、お止めください!!兄様!!!」
ルキアが花太郎を庇うように前に飛び出す。
白哉は止まらず、刀身のない斬魄刀を振るった。
「ルキアっ!!」
「兄様…っ!!」
白哉の斬魄刀が振り切られる事はなかった。
それを止めたのは、十三番隊隊長浮竹。
「…やれやれ物騒だな。それくらいにしといたらどうだい、朽木隊長」
「浮竹さん!?」
紅の呟きを聞き付けた彼は振り向きながら屈託のない笑顔を浮かべる。
「おー、雪耶!隊長就任おめでとう!出席できなくて悪かったな」
「あ、ありがとうございます…って!そんな事はどうでもいいんですよ!!」
祝いの言葉に、反射的に礼を述べる紅だったが、すぐに今の状況を思い出す。
そうしている間に、浮竹はルキアと言葉を交わしていた。
が、またすぐに紅の方へと話を持ちかける。
「雪耶、身体は大丈夫か?」
「え…あ、はい。もう…大丈夫です」
急に話を振られて焦るものの、紅は自分の状態を見て頷く。
思うように動く身体に、自然と安堵の溜め息が漏れる。
状況自体はさほど変化していないものの、浮竹が来た事によって少しは良い方向へ向いている。
ようやく立ち上がると、紅は浮竹と白哉の方を向いた。
何やら二人で話している。
―――と、その時。
「!!」
隊長クラスの霊圧がその場の全員に感じ取れた。
逸早く誰の霊圧か気づいた紅。
同時に、彼が無事であった事を悟り、表情を緩める。
そして、霊圧の持ち主―――斬月を背負った一護がそこに降り立った。
一護は降り立つとルキアの横を無言で通り抜け、花太郎の所へと歩く。
岩鷲の事で動揺する花太郎に声をかけると、振り向いて口を開いた。
「…ルキア」
その声に反応して、ルキアが振り向く。
「助けに来たぜ」
顔を背けつつ言う一護が彼らしくて。
紅は人知れず笑みを零す。
ルキアと言葉を交わしていた一護が、再び身体の向きを変えた。
「紅」
名前を呼ばれて、心臓が跳ねる。
途切れ途切れの声でなく、確かに自分を呼ぶ。
ようやく、再会出来たような気がした。
「一護…」
「やっとまともに顔見た」
くっと口角を持ち上げて紡がれた、決して大きくないそれ。
なのに、一護の声ははっきりと紅に届いた。
上半身の大部分を覆う包帯が痛々しい。
けれども、彼は自分の足で立っていた。
「無事で…良かった」
そう言えば、一護は口に笑みを浮かべる。
その表情すら懐かしいもので、忘れようとしていた感情を煽るには十分だった。
再会は長くは続かない。
当然といえば当然の事だ。
紅の視界を遮るように、白哉がその身体を二人の間に滑らせた。
「白哉さん…」
「下がっていろ」
そう強く言われて、紅は思わず言葉を詰まらせた。
そんな紅の腕を、浮竹が後ろから引く。
事情を知らない浮竹だが、紅と一護に関係があるとわかったらしい。
向こうに行くべきではないと、彼の目はそう語っていた。
二人の隊長に止められ、紅は悲しげに目を伏せる。
そんな彼女の表情を、一護は誰よりも知っていた。
伏せた目を上げると紅は口を開かず一護を見つめる。
『ルキアを助けて欲しい』
その気持ちが、一護に伝わる事を願って。
紅を見ていた視線が別の場所を向いた。
一護と白哉が対峙する。
止めようとしたルキアを振り切り、一護も同じく歩き出す。
「心配すんな!死にゃしねえよ!これでも俺、ちょっとは強くなったつもりなんだぜ」
口に笑みを浮かべつつ、一護がルキアにそう言った。
安心させるために言った筈の言葉だったが、ルキアの表情が変わる。
そんな彼女に、不思議そうに眉を寄せる紅。
「…白哉。あれは誰だ」
「…え?」
浮竹の言葉に、紅が二人の隊長の顔を交互に見つめる。
「無関係だ」
白哉がそう言う。
「少なくとも今、兄の頭を過った男とはな。奴は何者でもない。ただの旅禍」
そして、続ける。
至極冷静な声と共に、その感情を見せずに。
「私が消す。それで終わりだ。この些細な争いの、すべてが終わる」
歩き出す背中を、紅は無言で見送った。
誰も傷ついて欲しくないと。
そう願う事は罪なのか…。
それでも、願わずにはいられない。
どうか、これ以上誰も傷つかないで―――
05.01.19
Rewrite 05.11.17