Raison d'etre  sc.031

扉が開いて、現れたのは二人の男。
一人は死神。
もう一人は、旅禍の手助けをしていた男。
どちらも、一護と共にいたのを目撃している。
二人の人物を、紅は真っ直ぐに見つめていた。












「…誰だ…?一護の…仲間か…?」

ルキアが少し表情に不安の色を浮かべる。
その時、紅は一人――岩鷲の表情が変わっていることに気づいた。
庇うように、ルキアを自分の背に隠す。

「…紅?」

訳のわからないルキアは、不思議そうな視線を紅に向ける。
死神――花太郎が岩鷲の後ろから姿を見せる。

「ぼくです、ルキアさん!!よかった!ご無事なんですね!!って……零番隊長!?!?」
「何を驚いて………あぁ、安心しろ。紅はおぬしらを咎めたりはしない」

驚く花太郎に向かってルキアがそう言うと、彼はまた別の意味で驚いた表情を浮かべ、口を開く。

「“紅”?」
「何?」

呟くように小さく漏らした声は、それでも彼女に拾われてしまった。
自分の名前に思わず返事をする紅。

「零番隊長が紅さんだったんですか!?」
「…ごめんなさい。話が全く読めないわ」

己が職であるものを自身だったのかと問われても「そうだ」としか答えられない。
訳がわからない所に驚いている花太郎を前に、紅は肩を竦めながら溜め息をついた。

「零番隊長が紅だと知らなかったのか?」

割と有名だと思っておったが…とルキアが呟く。
彼女の呟きを聞き、有名であると言う自覚もある紅は思わず苦笑を浮かべた。
そして紅は話を戻そうと、彼らの方へと向き直る。

「あなたたち、一護の仲間ね?」

疑っているわけではないが、彼ら本人の意思を確認する。
コクコクと頷く花太郎を見て、紅はルキアの前から身体をずらした。

「彼女を、頼むわ」
「……は、はいっ!」

ルキアに走り寄ると、花太郎はルキアの手を取った。
そこで、ようやく固まったままの岩鷲に花太郎が気づく。
ルキアが、岩鷲の服の紋様に気づいた。

「お前…志波家の者か――――…?」
「ルキア?」
「…え…?な…なんだ…知り合いなんですか…?」

花太郎の言葉に、岩鷲が引きつった笑みを見せる。
岩鷲の目は、遠い過去を思い出していた。

「―――ああ…知ってるぜ。忘れるもんかよ。そのツラ…そいつは…」

そこで言葉を区切る。

「俺の兄貴を、殺した死神だ」

広さのある部屋の中に、その声が響く。















「志波海燕は私が殺した」

その言葉を引き金に、岩鷲がルキアに掴みにかかる。
紅はそれを止めようとはしなかった。

紅はルキアの過去に何があったのかを知らない。
ルキアが語らなかった事。
それを、自分に止める権利はなかった。

花太郎は岩鷲の腕を引いて止めようと必死だった。
その時、紅は弾かれたように開かれた入り口へと視線を向ける。
他の三人はまだ気づいていない。

「う、そ…」

紅がそう漏らした途端、その場を巨大な霊圧が襲う。

「白哉…さん…」

その場に緊張が走る。
















動けない三人を横目に、紅は一人入り口に向かった。

「――――…紅っ!?」
「大人しくしてて」

きっぱりとそう告げると、紅はルキアに背を向けて歩き出す。
暗い部屋から抜けると、外の風が紅の栗色の髪を揺らした。
白哉の数メートル前に対峙した。

「…お前はこの場に居なかった。今すぐ配置に戻れ」

暗に、この件は不問で置いてやると言う彼の言葉。
垣間見える優しさに喜ぶ自分と、己が心を貫くと言う想いが交差する。

「それは、出来ません」

笑みすら浮かべて、紅は答えた。

「己を忘れたか…零番隊長」

冷たく言い放つ彼に、紅は苦笑へと笑みをすり変える。
他の誰に言われても唇を噛み締めるだけで済んだ言葉だが、白哉から紡がれたそれは心臓を貫いたかのようだった。
恐らく、彼はそれを…紅の性格を理解した上でそれを吐き出したのだ。

「…一人の死神として。私はルキアを助けたい」

風に掻き消されない最低音量で彼女は答える。
そしてその手を柄へと滑らせ、彼との間合いを計る。
明らかな構えを見せた紅に、彼は僅かに目を細めた。

「退け、紅」

静かにそう言葉を紡ぐ白哉。
多くを語らない彼の言葉一つから滲み出るそれが、紅を締め付ける。
刀を抜きたくないと叫ぶ手が己の物ではないように思えた。
その自身の叫びに身を任せることが出来れば、どれほど楽だろうか。
その時の紅の悲しげな表情は、彼女の背中側にいたルキアには見えていなかった。

少しの沈黙の後、紅は手を下ろす。

「その甘さが隙だと、そう言ったはずだ」
「―――――――っ!」

首に衝撃を受ける。
瞬間に位置をずらした紅は、意識を飛ばすまでには至らなかった。

「紅!!!」

ルキアからは、一瞬の間に紅へと接近した白哉の攻撃を受け、彼女が崩れたように見えた。
彼女の身を案じ、我が身の状態も忘れて声を上げる。

「…意識を失わぬだけでもさすがだ」
「びゃ、く…哉さん…っ」

浅い呼吸を繰り返し、その場に崩れる紅。
手すりに背中を預けた紅だったが、それ以上動く事が出来ない。
ずらしたものの、白哉の手は確かに紅の首を捉えていた。
一時的な麻痺が紅の動きを制する。

「そのまま大人しくしていろ」

そう言い残し、白哉が歩を進める。
離れていく背中を見つめることしか、紅には出来ない。

せめて刀に手を掛けたいのに、動かない指先。
その背を捕らえなければならないのに霞む視界。
止めてくださいと叫ぶ事すら出来ない声。

その全てがどうしようもなく恨めしく、自身に抱いた感情は憎悪に近かった。

05.01.01
Rewrite 05.11.17