Raison d'etre sc.029
立ち上がった一護が、再び更木と刀を交える。
押されているわけではない戦い。
目の前のそれを、紅は表情を歪めながら見ていた。
すでに自分の霊圧を抑えるのは止めている。
抑えなくても、あの二人は…一護は紅の霊圧に気づかないから。
血が舞い飛ぶ中で、二人は決して倒れない。
更木が眼帯を外した時……紅にもその霊圧が跳ね上がった事は容易に理解出来た。
ふと、彼女の脳裏に過去の彼との遣り取りが浮かび上がる。
『更木隊長、その眼帯って何ですか?』
『ただの眼帯だぜ?』
そう言って口元を持ち上げた更木に、紅は不満げに口を尖らせた。
そんな仕草すらも、恐らくは彼を笑わせる物だと知りながら。
『嘘。だって……隊長は両目とも見えているでしょう?』
『…はははっ!!さすがだな』
『あなたの行動を見ていればわかりますよ』
常に戦いに身を置き、その中に自らを認める。
彼の生き様は紅にとっては不安要素であり、そして同時に憧れにも似た感情も抱いていた。
ただ強く。
その目的は違えど、望んでいるものは同じだった。
過去の会話が、まるで昨日の事のように思い出された。
この戦い、勝っても負けても双方無事では済まない。
何度も足を踏み出そうと…駆け寄ろうとした。
一護と更木…どちらも失いたくはなかったから。
駆け出そうとする足を理性で留め、刀を抜き取ろうとする腕を自らの腕で抑えた。
半ば壁に寄りかかるようにして、その戦いの最後を見届ける。
相打って二人が地面に伏した。
紅は自分の腕を放してゆっくりと歩き出す。
「紅ちゃん!!」
「!や、やちるさん…?」
紅のすぐ脇に、やちるが飛び降りてきた。
どうやら二人の戦いを建物の上から見ていたようだ。
「ああ、見てたのね」
「うん。紅ちゃんもいたんだね、知らなかった」
「二人の霊圧に隠れてしまってたから」
「そっか」
そんな簡単な会話を交わすと、やちるが一護の方へ寄っていった。
何やらお礼を言うと、更木の身体を持ち上げてその場を後にする。
「自分の倍以上あるのに…凄いなぁ…」
やちるの去っていった方を見ながら紅が呟いた。
そして、無言で一歩ずつ一護に近づく。
一護の傍らに膝をつけば、虚ろな目が彼女の死覇装を映した。
「……っ…」
「話さないで。傷に響くわ」
手を傷口にかざして鬼道を使う。
彼女が手をかざす部分がほんのりと熱を持ったように感じた。
「……紅…?」
「…うん」
一護の伸ばす手に、自分のそれを重ねた。
失った血の所為で彼のそれは冷たさを己の手へと伝える。
包み込むように両手を添えると、紅はそれを伝わせて自分の霊力を一護に流す。
「治癒霊力を流すわ。これ以上無理しないで」
先ほど鬼道を使った時に、少々麻酔を兼ねた治療を施した。
数分もすれば指一本動かせなくなるようなもの。
「お願い…ルキアを助けて…。私だけじゃ駄目なの…」
「紅……俺…はっ…」
「助けたいけど…駄目だから…」
霊力を送り終えた後も、紅は握った手を放さなかった。
いや、放せなかった。
いつも…いつでも傍にあったぬくもり。
すがるように強く握るその手を振りほどくほど、紅は過去を捨て切れてはいない。
そして何より、自分もこのぬくもりを求めていた。
ルキアの件で不安になった心に、彼の手の安心感が宿るような錯覚を起こす。
「今は多くは話せない。だから…せめて自分の足で立ち上がれるようになったら…もう一度会おうね」
あれほど、会う事を恐れた。
戻ってしまう自分を、恐れた。
なのに、このぬくもりを振りほどく事は出来なくて…。
紅は自然と零れ落ちた言葉と共に、一護に微笑を見せた。
そして、一護の瞼が閉じる。
「……死にはしない…あとは……自分で立ち上がって」
そう呟くと、紅は握っていた手を放す。
意識を手放してなお、放すまいと強く握る手を、解いた。
ゆっくりとした動作で立ち上がる。
「……一護の事、頼みます」
その場に聞こえる程度の音量で、紅が言う。
それだけ告げると、彼女はその場を去った。
紅が去って、数秒後。
建物の陰から夜一がその場に姿を見せる。
「零番隊長、雪耶紅…か」
先ほどの紅の言葉を聞いた、唯一の人物。
彼女の言葉が自分に向けられているのだと気づかないはずもない。
「四番隊ではないのに治癒霊力を持つ死神。そして…雪耶家の娘、か…」
夜一は一護に近づく。
一護の傷は浅いものは塞がりつつあった。
「大した霊力じゃ。この分なら儂でも十分」
紅が去って行った方を見ながら、夜一がそう呟いた。
Rewrite 05.11.15