Raison d'etre  sc.025

「阿散井くんっ…そんな…!」

雛森が横たわる恋次に息を呑んだ。
吉良が雛森と話しているのを、紅は目を伏せて聞いている。
不意に、彼女が近づいてくる人物に気づき、その顔を上げた。

「…ともかく四番隊に連絡するよ。上級救助班を出して貰おう…」
「その必要はない」

吉良の声に続いたのは、冷たい言葉だった。

「牢に入れておけ」

そう続けたのは他でもない朽木白哉。
彼の表情はどこまでも冷静で、そして非情にも取れた。

「阿散井くんは一人で旅禍と戦ったんです…。それなのに…」

雛森はそう言って白哉の声に反する。
しかし、彼は「言い訳などきかぬ」とそれを切り捨てた。

「一人で戦いに臨むということは決して敗北を許されぬということだ。それすら解らぬ愚か者に用など無い」
「白哉さん」

彼の言葉の後に続けられるそれを遮るように、紅は少し強めに声を上げる。
白哉の視線が壁に背を預けていた彼女へと向いた。
紅はそれ以上何かを言うでもなく、ただ首を横に振る。
そんな彼女に視線を向けていた白哉が、彼女へと歩み寄った。
正面から彼女を見下ろし、口を開く。

「…治癒に霊力を使ったのか…」
「………はい」
「旅禍の動向が探れぬ以上、その力は残しておけ。…無駄に使うな」

白哉の言う事も尤もだと、紅は思った。
身体の事は、彼女自身が一番よくわかっている。
今旅禍の問題が悪化すれば、誰よりも己が足手まといになるであろうと言う事も。
彼女は暫し躊躇った後、静かに頷く。
それを見届けると、白哉はその場から立ち去ろうと彼女らに背を向けた。
しかし“無駄に”と言う部分は雛森の中の怒りに触れる。

「ちょっと待ってください!!無駄って…そんな言い方…」
「よせ!」

自分を止める吉良の声にも、彼女は反発しようとした。
しかし、その声は雛森の内へと飲み込まれる。

「雛森。やめなさい」

紅の声と、そして白哉の静かな眼差しによって。

「申し訳ありませんでした!」

そう言って腰を折る吉良を見て、雛森も詰まりながらも頭を下げる。
白哉はすぐに頭を戻して歩みを進めだした。
その背を見送り、紅は静かに溜め息を漏らす。




「お―――こわ!」

突然聞こえた声に雛森の肩が震える。
紅は酷く冷静な視線を彼に向けた。

「…市丸さん。気配を絶って声を掛けるなんて悪趣味ですよ」
「いややわ、紅ちゃん。それは気づいてた人のセリフちゃうって」

楽しげに笑みを深めて手を揺らす彼に、紅は再び短い溜め息を漏らす。

「それにしても…何やろね、あの言い方。相変わらず怖いなァ。六番隊長さんは」

紅は彼の口から語られるそれに声もなく眉を寄せる。
確かに白哉の言い方には問題があると思うが…市丸の口からそれを聞きたくはなかった。

「心配せんでもええよ。四番隊なら紅ちゃんが連絡済みやし…ボクも急ぐように言うてくるわ」

そう言って彼は副官である吉良に声を掛け、彼を連れてその場を去っていった。
市丸の背に、睨むような紅の視線が向けられていたのを、雛森は知らない。











「隊長。召集がかかっています。急いでお戻りください」

雛森が日番谷の存在に気づいて間もなく、霧渡が紅の元へとやってきた。
状況報告を任せていた彼は無事にその任を終えてきたようだ。

「…わかったわ。零番隊の皆は?」
「一人も欠く事なく。全員守護配置で待機しています」

彼の言葉に頷き、そのまま続けるように言うと彼はすぐに姿を消した。

「三番隊には気をつけな」

日番谷が真剣にそう言った。
紅は、彼が何かを掴んだのだと悟ったが、雛森はよくわからないようだ。

「紅、お前も行くんだろ?」
「そうね。さすがに今の状況でサボるほど私も愚かじゃないわ」

苦笑気味の言葉に似たような笑みを返し、日番谷は先に歩き出した。
その背を追うように足を進めながらも、紅は雛森を振り返る。

「雛ちゃん。何も悩む必要はないよ。隊長の傍にいてあげて?」
「あ…うん!紅ちゃんも気をつけて…」

返事の代わりに背中越しに手を振る。
そうして、紅は前を歩いている日番谷の隣に立つべく歩を速めた。















隊長が全員揃うことは極めて珍しい。
にも拘らず、僅か数日の間に何度もその不思議な場面に立ち会っていた。

“全面戦争”

総隊長がこう言った。
その時の紅は、己の表情に不安を抱く。

全面戦争―――零番隊も戦闘に参加しなければならないということ。

――出来るんだろうか…。
姿を見ただけで、心は酷く乱れた。
追わなければならなかった敵を、見逃すと言う、隊長として有るまじき失態。
斬り捨てなければならない敵の無事を願ってしまった。

紅の頭の中をあの時の様子が巡る。

「紅」
「冬獅郎?どしたの」

解散となった後、物思いに耽っている紅に日番谷が声を掛ける。

「…さっきの霊圧はお前だろ?それに…顔色が悪いぜ?任務も今日は終わりだろ、休めよ」
「そんな事ないですよ?気のせいだよ、冬獅郎」

そう言って笑う紅だが、その顔色を見れば無理をしている事は明らかだ。
半ば呆れるように溜め息をつくと、日番谷は有無を言わせず彼女の腕を引いて歩き出す。
紅が咎めるような声を上げるが、それを聞くほど彼は優しくはないし、彼女の事を考えていないわけでもない。
途中、紅を待っていた霧渡を見つけると一旦その足を止めた。

「霧渡っつったな。コレ、借りていくからな」
「わかりました」
「私は物じゃないのよ。それにまだ仕事が…」
「うるせーよ。さっさと行くぞ」

霧渡の許可を得ると、日番谷はより一層足を速める。
腕を引かれて、足を縺れさせないように付いていく紅が「冬獅郎!」と声をかけても無駄だった。
彼女にそれ以上成す術はなく、首だけで振り向いて霧渡に言う。

「…私にしか出来ないものは放っておいて」
「わかっています。仕事は任せて…少しは休んでください、隊長」

自分を気遣っての言葉に紅は思わず苦笑いを浮かべた。

「何かあったら私の「急用は俺に伝令を回せ。いいな」」

紅の言葉を遮るようにして日番谷はそう言ってしまう。
唖然とする紅に反して、霧渡はしっかりと頷いた。

「日番谷隊長の所ですね。承知しました。……隊長を頼みます」
「おう」

短く答えると、日番谷は紅の腕を引いて先程よりも足取りを速めた。













「何で冬獅郎の部屋なの」
「どうせ脱走するだろ?今のうちに休んで体力を回復しやがれ」

…図星だった紅は思わず黙り込んでしまう。
彼の部屋に入ると、紅は自分の足がまるで他人のそれのように感じた。
緊張の糸が切れるようにその場に座り込んでしまった事に、彼女は乾いた笑みを零す。

「ほら見やがれ。やっぱり無理してたんじゃねぇか」
「…恋次の怪我が酷すぎたの。元々治癒は管轄外だったし…」
「阿散井がやばかったのはわかってる。だが、お前まで倒れたらどうするんだよ」

座り込んだ紅の膝裏に手を差し込むと、日番谷は簡単に紅の身体を抱き上げた。

「と、冬獅郎!!いいってば!歩くからっ!!」
「うるせー。大人しくしてろ」

紅よりもいくらか身長が低いはずの日番谷。
そんなことを物ともせずに、彼は紅を布団まで運び、降ろした。

「…ありがとう」

自分で思っていた以上に体力、霊力共に酷く消耗していた紅の瞼は自然と重く閉じていく。
縋るように着物の裾を掴む彼女の指を解く事なく、日番谷は布団の傍に腰を降ろした。
やがて規則正しい寝息に変わり、彼はふと安堵の表情を浮かべる。

「…無理すんなよ…頼むから…」

Rewrite 05.11.13