Raison d'etre  sc.024

「…紅………」

呼ばれた名前。
その声が ――― とても…懐かしかった。









一護の傷も恋次に負けず劣らず酷い。
彼が少し身体を動かすだけで、足元の血だまりが広がりを見せた。
そんな身体にも拘らず、一護が引き摺るように一歩踏み出す。
紅に、近づくために。

「…………………来ないで」
「……っ紅…?」

なお足を進めようとする一護に、紅は斬魄刀を抜き取った。
その時、彼女の視線の端に二人の人物が入り込む。

「あなたは…っ!!零番隊長…!?」
「何ィ!?零番ってどういうことだ!?」
「そんな…この方には…絶対に敵いません!!引いて下さい!!!」

一護に、四番隊の死神が叫んだ。
紅は彼の姿を何度か目にした事がある。

確か、ルキアが六番隊の隊舎牢に入っていた時に清掃係になっていた死神だったな、と脳内で思い出した。
いつも入れ代わりばかりで、直接言葉を交わした事はなかったが。
花太郎と言う名はルキアから聞いていた。
恐らく、一護と行動を共にしているのは…ルキアを助けたいからなのだろう。








かなり失血している所為でふらふらしているのに、一護は止まらない。

「…寝返ったの?そこの四番隊員。確か…名前は山田花太郎だったかしら?もう一人は…志波岩鷲ね」

あえて敵対する道を選んでしまうのは、その背に背負う『零』の所為だろうか。
紅は天狼を解放せずに構える。
対峙している二人が息を呑んだ。
彼らを横目に、紅は未だに足を進めようとする一護に心中で眉を寄せて口を開く。

「止まりなさい」
「……っ…紅、俺は、おま…えに…」
「止まれと言っているの」
「…っ…」

紅は霊圧をわずかに上げる。
二人がそれに凍りついた…が、一護は止まらなかった。
一護の霊力も高いが、紅のものとは比べ物にならない。
それでも ―――

「――――…っそんな身体なのよ!?それ以上動いたら、危ないのよ!止まって、一護!!」

引き摺る様にして歩いてきたところに、血の跡が残っている。
その量の多さが、一護の怪我の重さを語っていた。
紅は耐えられなくなって一護に叫ぶ。
近づかれる事よりも、彼の命が短くなりそうだと言う事…それが怖い。

“一護”と、その名を呼んだ瞬間、彼は崩れるようにしてその場に倒れた。
気を失った一護に一度視線を送って、紅は自分の霊圧の解放をやめた。
未だに固まったままの二人に視線を送る。

「早く連れて行きなさい。死ぬわよ」

キンッと斬魄刀を鞘に戻して、紅はそう言った。
花太郎が思い出したように一護に駆け寄る。
もう一人は、睨むように紅を見ていた。

「何で殺さねぇんだ?お前にとって、俺たちは敵だろう?」
「あなたには関係ない。けれど…一護を死なせたら…私があなたたちを殺す」

紅は確かな殺気を持って、岩鷲を黙らせた。

「早く行きなさい。騒ぎを聞きつけた死神がやってくる前に」

その言葉に急かされた彼らは、一護を担ぎ上げて去っていく。
それを見送り、紅は足元に溜まった血を見下ろした。

「死んだら、許さない」

その呟きが一護に届くように。














紅は恋次の傍に寄ると、その身体の傍らに跪いた。
彼の傷口に手をかざすと、鬼道を使う。

「恋次……死なないで……」

近づいてくる足音に気づいたが、紅は作業の手を止めなかった。

「零番隊長!!?あ…阿散井さん!!」
「雪耶隊長!?」
「隊長!!」
「吉良に霧渡か…。早く…四番隊に連絡して…。霧渡、あなたは朽木隊長に…」

傷はかなり酷い。
元々紅の回復系の治癒能力は他の死神よりも多少優れている程度。
どれだけ霊力があった所で恋次の生を繋ぎとめる程度の役割しか果たさない。

「…雪耶隊長っ!!もうやめてください!あなたの力はこれから必要なんです!!」

恋次に鬼道を使い続けていた紅を、吉良が止めた。
丁度よく、彼女の言いつけ通りに白哉の元へと連絡しに行っていた霧渡が帰って来る。

「隊長!朽木隊長に連絡しました!!」
「霧渡くん!丁度よかった。雪耶隊長を休めるところへ。かなり消耗してしまったみたいだ」
「わかった。さぁ、隊長」

ようやく手を止めた紅に、霧渡が手を差し出した。
が、紅はそれを拒み自分で立ち上がる。
頼りない足取りではあるが、そこには凛とした眼差しがあった。

「…必要ない」
「隊長……」
「私より…恋次の処置を急がせて」

紅にそう言われて、イヅルは頷いた。
イヅルと他の死神がそこを離れると、紅は再びズルズルと壁伝いに座り込む。
とりあえず悪化を防ぐだけでこんなに霊力を消耗するとは思わなかった。
もう少しそっちの方面も鍛えた方がいいかもしれないな、と紅は心中で苦笑する。

「全くあなたは…無理をする人ですね」
「隊長たる者が弱っている所なんて見せてはいけないわ。霧渡。副隊長であるあなたも同じ事よ」
「わかっています」

そう答えると、霧渡は再度紅に手を差し出した。
紅はふっと微笑むと、その手を取る。
支えるように手を腰に回して、紅を立ち上がらせる。

「抱き上げる方が楽なんでしょうけど…日番谷隊長に何て言われるかわかりませんからね」
「冗談……大人しく抱き上げられるつもりはないわよ」

苦笑気味な笑みを浮かべると、二人はその場を去った。

Rewrite 05.11.11