Raison d'etre  sc.026

『まるで舞っている様に美しいね』
『舞う……?私は舞っているんじゃないですよ。強く…なろうとしているんです』
『…その美しさを消してまで』

そう言いながら私の手を取る。

『この手を傷つけてまで護りたい者があるのかい?』
『…います。誰よりも、何よりも護りたい人が。その人の為なら…私は自分の身でも何でも犠牲にしましょう』

取られた手から、触れ合った所から優しさが伝わってきていた。
もう二度と会うことのない、父の存在を思い出すような。

『その心の強さは君の力になる。でも、忘れてはいけないよ』
『藍染隊長…?』

『その者が、君の身を犠牲にしてまで護られたいと思うかどうか。
そして、身近で君を思ってくれている人がいる事。

……君は強く、いつでも誰かに望まれていると言う事を』















「ん…」

少し重い瞼を開くと、見慣れた天井……ではなかった。

「………?」

見覚えの無い天井に首を傾げた後、紅は視線を違和感のある右手へと滑らせて行く。
自分が掴んだままの、少しだけ皺の入ってしまった死覇装と、そして彼が視界へと入り込んだ。

「そっか…昨日は冬獅郎のとこで休ませてもらったんだっけ」

座っている体勢では辛いだろうと思うのだが、彼は紅の手を解かなかったようだ。
その優しさや幼さの残る顔に、自然とこぼれる笑みを抑えられない。
握っていたそれを解放すると同時に着物が揺れ、彼の瞼がゆっくりと開かれた。

「……」
「あ、起きた?」
「…………………紅?」

まだ寝ぼけているのか、いつもの射抜くような強い眼差しではない。
紅は布団に腕をついて身体を起こすと、彼に向かって微笑んだ。

「何で紅が……………ああ、そういや連れて来たんだったな」
「不本意ながら熟睡したわ…。って…あちゃー…死覇装が皺だらけ…」

皺になった死覇装を見て紅が溜め息を零す。

「…死覇装くらい他にもあるだろうが」
「自室に戻れば、ね」

まだ不服なのか、紅が皺を伸ばそうと試みているのを、日番谷は眠気眼で見ていた。
かろうじて隊長の羽織を脱いであっただけでも良しとしておくしかなさそうだ。

「えっと……お邪魔しました」
「もう戻るのか?」
「着替えないと…」

隣の部屋で着替えてきたらしい日番谷が姿を見せる。
彼は頷く紅の肩に上着を羽織らせた。

「ありがと。………って、冬獅郎も来るの?」
「ああ。ついでだからな」

そうして、二人は紅の自室へと歩き出した。



「何か…思ったより早く起きたらしいね」

自室にて着替えを済ませた紅が呟く。
まだ瀞霊廷内は静かだった。

「ああ」
「定例集会までまだ少しあるね」

自室を出てどこへ向かうともなしに歩いていた二人。

「面倒だし…このままサボ「るなよ」」

自分の声に重ねられた強いそれに、紅が不満げに口を尖らせる。

「…………妙な所で真面目だよね、冬獅郎って」
「今色々ややこしいんだ。集会くらい出ろ」
「はいはい」

元より、紅とて本気でサボるつもりだったわけではない。
気のない返事を返しているが、彼女は自身の背負っているものの重さを理解している。















「いやああああああ!!」

東大聖壁から響いた女性の叫び声に、それを聞いた死神らが反応を示す。
もちろん、それは紅たちにとっても同じだった。
ただ違った事は…紅と日番谷にとってはそれが聞き覚えのありすぎる声だったと言う事だ。

「今の声……雛ちゃん…!?」
「ちっ!!」

舌打ちをすると同時に走り出す日番谷。
叫び声が小さく聞こえたと言う事は、かなりの距離があるということだった。

「冬獅郎!急いで!!」
「馬鹿、野郎っ!俺は全力で走ってんだっ!!」

お前が速過ぎなんだろう!!と日番谷が怒鳴る。
彼の前を走る紅は、寧ろ彼に速度を合わせているくらいだ。
東大聖壁に近づくに連れて増えていく気配を感じつつ、紅は表情に影を落とした。






「動くなよ、どっちも」

斬魄刀を解放して戦闘中だった吉良と雛森。
その間に日番谷が滑り込み、両者の刀を止める。

「……………日番谷く…」
「捕らえろ。二人共だ」

戸惑う雛森の声を遮るようにして日番谷は周囲に集る副隊長らに命令する。
彼の言葉に周りにいたそれぞれが二人を取り押さえた。

「総隊長への報告は俺がする!そいつらは拘置だ!連れていけ!」

彼らが二人を連れて行くのを見送る日番谷に、背後から市丸が声をかけた。

「すんませんな十番隊長さん。ウチのまで手間かけさしてもうて…」

彼はいつもの笑みを絶やさずに言う。
そんな市丸を振り返り、日番谷は敵意むき出しの視線を彼へと向けた。

「雛森に血ィ流させたら、俺がてめえを殺すぜ」


日番谷と市丸の遣り取りを横目に、紅は藍染の真下まで移動した。
彼の身体は血に染まり、その赤は白い壁に流れている。
昨日柔らかく笑んでいた彼とは思えない程に貼り付けられた表情に、紅はその額を壁へと押し当てた。

「藍染さん……」

流れそうになる涙を抑えつつ、紅は唇を噛み締める。
口内に鉄の味が広がるが、それを気にする余裕は無い。
去っていく市丸すら、今の紅にはどうでもいい事のように思えた。

好きだった。
あの優しい雰囲気を持つこの人が。
この人の言葉なら、素直に受け止められる自分がいた。


「紅…報告に行くぞ…」

日番谷が控えめに声をかける。
紅は黙って頷くと彼に背を向けた。

――忘れてはいけないよ。
――その者が、君の身を犠牲にしてまで護られたいと思うかどうか。
――そして、身近で君を思ってくれている人がいる事。
――……君は強く、いつでも誰かに望まれていると言う事を。


まだ我武者羅に強くなる事だけを求めていた時。
彼から言われた言葉。
それを忘れたことはなかった。

「…忘れない。絶対に」

前を行く日番谷の背中を見つめて、紅はそう呟いた。
風に流れる髪を慣れた手つきで束ねる。
その眼の、迷いが消えた。

「藍染さん。あなたの事が、本当に好きでした。だから私は………あなたの言葉を忘れません」

上を仰いで言った言葉。
その言葉は空へと吸い込まれていった。

どうかこの声が彼へと届きますように、と。
その願いすらも、儚く空へと消え去った。

Rewrite 05.11.13