Raison d'etre sc.022
夜一を見送った紅は建物の屋根へと上がり、瀞霊廷の一部を見渡す。
「さて…これからどうしようか…。一護は地下水道に入ったようだし…」
一護の霊圧は不思議な程鮮明に察知出来た。
慣れ親しんだそれ故か、それとも ―――。
「隊長!」
覚えのある声に、紅の思考は一時中断される。
声に誘われるままに彼女は下に見えていた廊下へと降り立った。
そこに居たのは己の副官である霧渡。
瀞霊廷の所々で起こっている霊圧同士の衝突が手に取るように感じられる紅は、彼の無事に安堵の息を漏らす。
「霧渡…無事で何よりだわ」
「隊長もご無事のようで安心しました。報告します。旅禍のうち二人の追跡をしました。
一人は滅却師。名を石田雨竜。もう一人は術に関してはよくわかりませんが、女。名は井上織姫と言うようです。
滅却師によって七番隊第四席一貫坂慈楼坊が負傷しました」
文面を前にそれを読み上げるかの如く、霧渡はスラスラと報告を紡いだ。
それを聞いた紅の表情が翳る。
「四席を打ち破るほどの者、か…。ありがとう」
「この後副隊長に召集が掛かっていますので、俺もそっちに行きます」
霧渡の言葉を聞いて、紅が大きく頷く。
「一応慈楼坊の事は報告しておいて。他は……あなたに任せるわ」
「隊長はこの後どこへ?」
「………旅禍を追うわ。ところで、樋渡がどこに行ったか知らない?」
突然三席の樋渡の居場所を聞く紅に、霧渡は首を傾げた。
しかし、彼女の質問に答えようと己の記憶を探る。
「ここに来る前に見ましたけど…霊圧でわかるんじゃないんですか?」
「あちこちで霊圧が衝突していてわかりにくいのよ…。無駄に力を使いたくないから」
「そうですか。この先の所です。移動していなければ…ですけど…」
頼りない返事しか返せない自身が悔しいのか、彼は肩を落としてそう答えた。
そんな彼にクスクスと笑いながら「ありがとう」と礼を述べる。
「じゃあ、俺は行きます」
「報告は任せたわよ」
霧渡の背を見送ると、紅は彼が言っていた場所へと足を向けた。
零番隊切っての情報屋の元に。
「透」
「た、隊長?どうしたんです?」
樋渡の姿を見つけると、紅は静かに彼女に声をかける。
驚いたように肩を震わせて振り向く彼女に、笑みを浮かべた。
「無事でよかったわ。地下水路の地図がどこにあるかわかる?」
「地下水路…ですか?私は全て覚えてますけど……」
何なら案内しますよ?と言う樋渡に、紅は首を振った。
「あなたにここを離れてもらうわけにはいかないわ」
「そうですね。詰所の奥の十一番の棚の中にありますけど……どこに行きたいんですか?」
「……懺罪宮に一番近い出口が知りたいの」
「懺罪宮ってアレですよね?」
樋渡が白い建物を指さしながら問う。
それに、紅が頷いた。
それを見て、樋渡は思い出すように腕を組む。
「一番近いのでも階段の所ですよ」
「階段………あぁ、あの前の階段ね。そこが一番近いの?」
「はい。私の記憶に間違いなければ」
彼女の記憶力に関しては護廷十三隊の中でも有名である。
持ち前のそれを生かした情報収集は、他の隊からも情報提供要請があるほどだ。
「なら、問題ないわ。地下水路を全て把握しているのは四番隊とあなただけだったわね?」
「そのはずですよ。皆さん面倒がって覚えませんし……複雑すぎますから」
「ありがとう」
そう言うと紅は懺罪宮の方へ視線を向けた。
澄んだ空に、白い塔が異様なまでに映えている。
「この後も追跡を続けて。私も行くわ」
「はい。お気をつけて」
「ええ。あなたもね」
バサッと羽織を翻して、紅がその場を去る。
仇でも睨むようなその視線が、真っ直ぐに白い懺罪宮を見つめていた。
「ルキアさんは今の懺罪宮四深牢に入る前…六番隊の隊舎牢に入られていました」
地下水道の一角に腰を落ち着け、四番隊山田花太郎は語り始める。
六番隊の隊舎牢の掃除を任されていたと言う彼は、ルキアと度々言葉を交わしたらしい。
その中で彼女が語っていた事を、彼女に代わって紡ぐ。
「ルキアさんが笑っていたのは“紅”と言う女性の死神が隊舎牢を訪れている時だけでした」
いつも殆どが入れ替わりで、結局ルキアの笑顔を取り戻していた“紅”と言う存在には会えなかった。
名前だけからその人物を割り出すのは、広い瀞霊廷の中では不可能に近い。
「いつだって会えなくて、その声も一度しか聞いていないんです。
それでも、ルキアさんは彼女と会った後には綺麗に笑っていました」
本人に彼女の事を聞けば、少しだけ照れたように笑いながら「親友だ」と。
そう答えたルキアの表情は本当に嬉しそうだった。
「肩書きを望まないのが紅さんと言う方らしくて…結局、僕もどの隊に配属されているかさえ知りません」
彼女が望まない事を、ルキアが語るはずもない。
何度聞いてもはぐらかされるだけで、ルキアは「直接聞けばいい。紅なら答えてくれる」と言っていた。
それならばと意気込んだまでは良かったが、最後まで会わず仕舞い。
「出来れば紅さんと合流してください。恐らく、彼女もルキアさんを助けたいと思っているはずです」
花太郎は真っ直ぐに一護を見て、そう言った。
一護は彼から紡がれる名前に、人知れず眉を顰める。
ルキアと知り合いで、彼女の笑顔を取り戻す事の出来る…紅と言う人物。
その彼女が、一護の知っている紅と別人であるはずがない。
確信に近い感情を胸に抱き、彼は続きを聞くべく沈黙した。
『二月ほどしか行動を共にしなかったが…不思議と心から信じられる奴だった。
それなのに。自分のせいで運命をねじ曲げ、ひどく傷つけてしまった。何をしても償いきれぬ…』
ルキアが語ったと言うその言葉に、一護は静かに息を呑む。
「そう言って最後はいつも悲しそうな顔をしていました」
何もない部屋の中でただ椅子に腰掛けて俯く彼女。
その姿を思い出すだけでも、胸を締め付ける何かを感じる。
「――――……なんつーか…変わった死神だな……そいつも」
花太郎の言葉から受ける印象をそのまま口にした岩鷲。
そんな彼の言葉に続けるようにして、一護も口を開いた。
「…ああ。変わってる。…だから助けに来たんだ」
そう言うと、一護は立ち上がる。
驚く二人を背中に、彼は地下水道を進みだした。
「一護っ!!」
背中にかかる声など聞こえていないように、ただ足を進める。
彼の中で繰り返されるのは、先程聞いたルキアの言葉。
「…バカ野郎…そんなもん…全部俺のセリフじゃねーか…!」
歩幅を大きく、拳をしっかりと握り締め、彼はそう呟く。
「―――― 絶対、死なせやしねえからな……ルキア!」
その想いを新に、彼は大きく前進を始めた。
Rewrite 05.11.11