Raison d'etre sc.021
紅は彼らが落下し終える前に、その場に到着していた。
どんどん向かってくるそれを見つめ、そして落下地点より少し離れた場所に移動する。
そして、先ほどまで紅がいた場所に大きなくぼみが出来た。
どうやら仲間の術で地面を砂に変えたらしい。
彼らはすぐに砂の中から顔を覗かせた。
「雪耶隊長?」
「…一角と弓親ね」
彼らからは死角になる位置で眺めていた紅は、後ろから声をかけられる。
それは十一番隊の死神だった。
「こんな所で……サボってたのね」
「う…隊長はどうしたんです?ここは零番隊の管轄からはだいぶ離れてますよ?」
「零番隊は総隊長の命により五席までは配置を離れて独自行動。及び、他の隊の助太刀」
紅が一角に視線を向けてそう言った。
納得したように、一角と弓親が頷く。
そして、旅禍の二人組みに視線を送った。
「では……譲るべきですか?」
「まさか。私はよっぽどの事がない限り手は出さないわよ」
「僕たちで片付けていいんですか?」
「もちろんよ。……怪我、しないようにね」
「「はい」」
二人は短く返事をすると、黙って屋根を降りた。
紅は気配を消して、二人の姿を目で追う。
そして……一護の姿も。
紅の栗色の髪を束ねる紐が、風に靡いた。
『お前、その髪邪魔じゃないか?』
『別に…そんな事はありませんよ?』
『虚との戦いの時くらい髪を纏めろ。折角の髪が切れんの嫌だろ?』
『そんなヘマしませんよ?』
『俺が鬱陶しい。ほら、これやるから束ねとけ』
『……わかりました。ありがたく頂戴しますね』
『おう』
初めての虚との戦いの後、日番谷が渡した飾り紐。
いつも戦闘時だけにつけていた。
これをつける時は…紅が零番隊隊長であると自ら戒める時である。
髪と共に流れる飾り紐。
紅の横顔に迷いはなかった。
腕に深い傷を負ったものの、一護は一角を打ち破った。
対して一角はかなりの深手を負っている。
出血も多く、このままでは危ない状態。
そんな状態一角に、一護は血止めの薬を塗る。
そして ――― 彼は懺罪宮の場所を聞いてその場を去った。
一護が向かった懺罪宮…そこにはルキアがいる。
ザッと地を踏みしめる音と共に、先程まで微塵も感じ取る事が出来なかった気配が自分の傍らに降り立つ。
未だに、その存在すらも希薄なのでは、と思えるほどだった。
「怪我しないように。そう言ったはずなんだけど」
「すみません…」
「全く…良かったわね、彼が血止めの処置を施してくれて。あの出血量…死んだっておかしくなかった」
などと文句を言いながらも、紅は一角の傷の治療に当たる。
負けて生かされる事が屈辱とわかっていても、彼を死なせるわけにはいかない。
だが、それを止めたのは一角本人だった。
「雪耶隊長。隊長の力は必要です。こんな所で消費しないで下さい」
「……じゃあ、痛みを取るだけにするから…腕を放して」
紅が溜め息交じりにそう言うと、一角は掴んでいた腕を放す。
傷口に手をかざしながら何かを唱えると、傷の痛みが徐々に和らぐ。
「傷口自体を軽い麻痺状態にしたわ。感覚はないと思うけど……どう?」
「大丈夫…みたいです」
「そう。じゃあ、四番隊にはもう連絡してあるから。そのうち迎えに来てくれるはずよ」
「行くんですね?」
「…当たり前でしょ。私は隊長だから」
紅は一角の傍から立ち上がると、高い霊力の方に向かって歩き出す。
「花火……そうか…あの男が花火師空鶴の弟の岩鷲ね。弓親は……大丈夫そうね」
盛大な花火を横目に、紅は屋根の上を駆ける。
その時、すぐ横を黒猫が過ぎていった。
「ただの猫じゃないですね」
紅が背を向けたまま、そう言った。
黒猫 ―― 夜一 ―― が足を止める。
「さっき砲弾が破裂した時……残りの気配はあなたのものですね」
「……ぬしは零番隊隊長か…」
「!…そうか。これを羽織って居ればわかりますよね」
そう言って紅は己の姿を見下ろし、苦笑を浮かべる。
彼女の笑みに、夜一の中でふとある人物の面影が重なった。
「……その異常なまでの霊圧……おぬしに匹敵する者が尸魂界におるとは思えんな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。……一応聞かせてください。どこに行くのですか?」
「答えると思うか?」
猫と対峙しているにも関わらず、その場の空気はピンと張り詰めていた。
紅はふと笑みを和らげ「思いませんね」と答える。
それ以上の問答は無意味と判断したのだろう。
彼女はクルリと踵を返すようにして夜一に背を向ける。
それに驚いたのは、夜一の方だった。
「おぬしは捕まえようとは思わんのか?」
「…手柄目的じゃないの。私には…追うべき者がいるから」
そう言うと、彼女はいよいよこの場を去ろうとした。
その背中に向かって夜一が声を上げる。
「おぬしの名は?」
「…それはまたの機会に。零番隊を率いる者だと言う事のみ覚えていてください」
そして、紅の姿は見えなくなる。
夜一は紅のいなくなった場所を見つめていたが、やがて自分もその足を動かす。
波紋が ――― 大きく広がっていく。
Rewrite 05.11.09