Raison d'etre sc.019
「ありません!」
長い沈黙の後、市丸がそう言い放った。
疑惑の念を向けられている者に見える戸惑いや迷いもなく、彼ははっきりとそう紡ぐ。
「…何じゃと?」
「弁明なんてありませんよ。ボクの凡ミス。言い訳のしようもないですわ。さあ、どんな罰でも ――」
「…ちょっと待て、市丸…」
市丸の言動を見かねた藍染が声を上げる。
だが、その時。
――ガァン――
『緊急警報!!緊急警報!!瀞霊廷内に侵入者有り!!各隊守護配置について下さい!!』
警鐘が瀞霊廷内を轟く。
緊迫していた空気がまた別の緊張を纏う。
「まさか…例の旅禍か!?」
一番に飛び出して行ったのは、やはりと言うか何と言うか…十一番隊を率いる更木だった。
専らの戦闘好きの彼がこんな面倒な隊首会を優先するはずもない。
彼は他の隊長の制止も聞かずにそのまま走り去った。
「…致し方ないの…。隊首会はひとまず解散じゃ!市丸の処置については追って通達する。
各隊、即時廷内守護配置についてくれい!」
総隊長の言葉に、隊長らが動き出した。
市丸以外の隊長が、警鐘の原因を探るべく己の配置へと向かう。
扉へと向かった藍染が、市丸とのすれ違い様に口を開いた。
「随分と、都合良く警鐘が鳴るものだな」
「…ようわかりませんな。言わはってる意味が」
「…それで通ると思ってるのか?僕をあまり、甘く見ないことだ」
彼らはそれ以上何かを交わす事なく、お互いの距離を広げて立ち去った。
この会話を聞いたのは、日番谷………そして紅のみ。
「どう見る?」
一番隊を離れると、紅が日番谷にそう切り出した。
場所は、十番隊の守護配置。
「……自分の配置に行く振りくらいしたらどうだよ」
「旅禍の気配なんて微塵も感じないわ。一度会ってるから間違いはないはずよ」
「そう言えば、霊圧の察知能力は尸魂界一だったな」
彼の言うように、紅は察知能力がずば抜けて高かった。
しかも、一度出会った死神の霊圧の流れはほぼ覚えてしまう為、彼女が言うように間違いはないだろう。
彼女が出会っていない、別の旅禍が一人で侵入していない限りは。
紅は見える景色を一望して、口を開く。
「誤報か……或いは意図的なもの」
それを行う可能性のある人物を脳内に浮かべ、紅はそう言った。
恐らく彼女と同じ人物を思い浮かべたであろう日番谷は考えるように俯いた後、ふと顔を持ち上げた。
隊長が警戒していないが、自分らはこれからどうすればいいのだろう。
そんな風に迷いを露にした隊員に向かって、彼は言う。
「もう戻ってもいいぞ。紅の言うことが信用ならねぇならここに残っても文句は言わねぇ。自分で決めろ」
そう言い終えるが早いか、日番谷はその場に背を向ける。
歩いていく彼を追うように、紅もそれに続いた。
数分と経たずに、その場にいた全員がそれぞれに立ち去る。
数ヶ月前まで職場を共にしていた彼女を疑う者は、十番隊の中には一人もいなかったようだ。
「あんなこと言って良かったの?隊長さん」
「配置にすら着かない奴の科白じゃねぇな」
「それは……そうね」
日番谷の言い分も尤もだ、と紅は素直に認めた。
ここで意地を張っても仕方がない。
不意に、前を歩いていた日番谷がその歩みを止めて彼女を振り返る。
真正面から彼と衝突する寸前だった紅は慌てて立ち止まった。
「急に危ないじゃないの」
「隊員に伝えないのか?」
紅の文句を綺麗サッパリ無視して、日番谷は自分の疑問を口にした。
後をついてくる彼女は、全く己の隊に戻っていない。
隊長としての指示はどうするのだ、そう言いたいのだろう。
紅は彼の質問にニッと口角を持ち上げた。
「私の部下は自分の思うように動くからね。私が配置に着かなければ誤報だということくらいわかるでしょ」
本当にいい部下に恵まれたものだと思う。
急ぎで立ち上げた隊に団結力を求めるのは無理だと思っていたが、そもそも零番隊に団結力は必要なかった。
必要なのは、己の身一つで解決できるだけの実力と判断力。
その判断力の出来る者が集まれば、団結が必要な時は自然とそれぞれが纏まってくれるものだ。
指示は必要な時だけで十分だろう。
紅の言葉に日番谷は「そうか」と短く返事を返し、再び歩を進めだした。
誰も通らないような廊下を選んで、二人は壁に背を預けた。
遠くでは、恐らく十一番隊のものであろう声が響いている。
良くも悪くも、血の気が多いのが十一番隊である。
「で、どう?」
「市丸か…」
「冬獅郎の見解が聞きたいんだけど」
「…何か抱えてる事は確かだろ。処刑にも…一枚噛んでるだろうな」
「やっぱりそう見るか…」
俯けた拍子に視界に垂れてくる前髪を鬱陶しそうに掻き揚げ、紅は頷いた。
そんな彼女の行動を見ながら彼は問う。
「お前はどうなんだ?」
「右に同じく。それ以外は……藍染さんが何か掴んでいるかもしれないって事。あの会話はそう取れる」
紅は顎に手をやって、再び考え込んだ。
ルキアに関係しているかもしれないという事が、紅の思考を締め付ける。
彼がしようとしている事に興味はないが、ルキアが巻き込まれていると言うなら…見逃すわけには行かない。
しかし、どれだけ考えても答えに辿り着くことはなかった。
考えを振り切るように、紅が空を見上げる。
東の空が、白み始めていた。
「!!!」
「どうした?」
急に目を見開いた紅に、日番谷が訪ねる。
空の一点だけを見つめて、紅が言った。
「来る」
「何が……」
紅は何かを探るようにただそれを見つめた。
ピンと張り詰めた彼女の空気が、肌に刺さるような錯覚を起こす日番谷。
「霊力が集まってる。………6人」
「ちっ!!今頃きやがったのか…旅禍か?」
「…わからない。冬獅郎も戻って!私も隊に戻る」
そう言うと、二人は逆の方向へと地面を蹴った。
離れていく彼の霊圧を感じながら、紅は心中で日番谷に謝る。
この時、紅はすでに気づいていた。
あの集まりが旅禍の物であると。
そして、その一つが、一護のものであると。
Rewrite 05.11.09