Raison d'etre sc.014
本当は、わかっていた。
ルキアがこちらへ連れ戻された日の事を聞いて。
それは確信に近い予感。
一護は ―――――― ルキアを助けに来る、と。
ルキアが尸魂界に戻ってきてから、紅は毎日六番隊を訪れていた。
仕事の合間を縫っては、こうしてルキアの話を聞きに来ている。
二十五日と言う短い期間で何が出来るのかわからないから、だからこそ何かせずには居られなかった。
「………ん、ありがとう。お疲れ様」
そう言いながら、紅が紙をまとめた。
その顔にはいつもの笑みが浮かんでいる。
ルキアの話を聞く時の紅は真剣そのもので、口元は引き締められたまま。
紅のギャップに、ルキアは静かに笑った。
「中々…立派に隊長だな、お前も」
「あら、褒めてくれてありがとう」
「ある程度の威厳は出ているからな」
そう言ってルキアは頷く。
紅は彼女の言葉に肩を竦めた。
「威厳、ねぇ…。そんなものいらないんだけどな」
「…我侭な奴だ」
「普通でしょ?」
紅は話が終わると、いつもルキアと話をする時間を取っていた。
ルキアの気分転換に、と。
不意に、ルキアが躊躇うように声を濁らせながら「紅」と呼ぶ。
紅は首を傾げながらも口を開いた。
「どうしたの?」
そして紅は急かす事なく彼女の言葉を待った。
何度か言おうかどうしようかと悩んだ末、ルキアは静かにそれを紡ぐ。
「お前はこの先どうするのだ?」
「…さぁ。ずっと、このままかな…」
ルキアの問いかけに、紅は哀しげな表情を浮かべたまま窓から見える空を見つめた。
格子越しにルキアに背を向けて、紅がその場に座り込む。
「自分でもわからないんだ」
「………そうか」
「死神になったのは…彼を護りたい、その想いから。だけど…彼が死んだら…」
手を伸ばして……その手で空を掴む。
逃げていく空気が、紅の心のようだった。
決して姿を見せることなく…ただそこにあると言う事実。
それが、紅を縛り付けていた。
「………彼が死んだとしても…私は隊長だから」
「…そうだな」
自己の感情に流されるわけには行かないのだ。
結局、彼とは存在する時の流れも世界も違うのだから。
「ルキア…私はあなたを助けたい。今はそれだけを考えていたい」
「少しは自分の欲と言うものを出したらどうだ」
「かなりの欲張りよ?だから、皆護りたい。幸せであって欲しいと、いつだって願ってるの」
誰かを護って追われるなら本望だ、紅はそう言った。
彼女の言葉にルキアは声を荒らげる。
「私だって…紅には幸せに…っ!!」
どれだけ人の為に生きるつもりなのだと言ってやりたい。
それが彼女なのだとわかっていても。
ルキアの声を遮るように、彼女はこう言った。
「私は…幸せだよ?あなたがそう思ってくれているなら」
幸せになってほしいと。
誰かが自分の幸せを望んでくれるほど、嬉しい事はないと思う。
ルキアの方を向いて、紅はにこりと微笑んだ。
「ありがとう、ルキア」
そう紡ぎ終えるなり、紅はすくっと立ち上がった。
ルキアに背を向けたまま出口へと歩き出す。
「今日は少し…長居しすぎたわね。もう行くわ。………明日も、来るから」
少しだけ振り返ると、肩越しにそう告げる。
そして、扉は閉ざされた。
「もう少しくらい…自分の幸せを願ってもいいではないか…」
ルキアが、小さく呟く。
日が少し傾いたのがわかる程に時間を取ってしまったらしい。
ルキアの一件から、六番隊へ赴く紅を霧渡が咎める事はない。
その上彼は紅の仕事まで片付けてくれるくらいだ。
彼には頭が上がらないな、と苦笑を浮かべ、紅はこれからの時間配分を頭の中で整理する。
「雪耶!」
「…………冬獅郎?久しぶりね」
思考の全てが使用中だったらしく、一瞬誰の声だかわからなかった。
しかし、彼の姿を視界に捕らえた紅はふと笑みを零す。
最近はルキアの事もあり、お互いに時間が合わなかったのだ。
紅が返事をすると、日番谷は足早に紅の元へと歩いてきた。
「丁度いい。これからお前の所に行くつもりだったんだ」
「何か用事?」
「あいつだ。お前が気にかけてる…」
名前が出てこないのか、言葉にならない声を上げる日番谷。
そんな彼に苦笑に似た笑みを浮かべながら紅は助け舟を出す。
「ルキアの事ね。どうかした?」
「あぁ、そいつだ。…ちょっと気になる事があってな」
「…執務室に来てくれる?今日は皆現世任務でガラガラだから」
ルキアのことならば、どんな些細な事でも聞いておきたい。
紅の表情からそれを読み取った日番谷が了承の声を上げる。
だが、その声は瀞霊廷内に響く号令に掻き消された。
『西方郛外区に歪面反応!三号から八号域に警戒令!繰り返す!』
「何だ…旅禍か?って…雪耶!?」
日番谷が気づいた時には、紅はすでにかなりの距離を走り出していた。
後ろから自分を呼ぶ声も、紅の耳には届いていない。
紅の中にあったのは、懐かしい彼の霊圧のことだけだった。
生きている事は知っていた。
もちろん、生きていれば彼がここへやってくる事も予想はしていた。
対峙出来るのか?
そんな思いが脳裏を過ぎる。
気持ちの整理をつけるよりも先に、身体は動き出していた。
Rewrite 05.11.05