Raison d'etre  sc.012

『第一級重禍罪 ――― を ――― とし ―― に於いて ―――― 極刑に処す』

諦めるように笑う口元と、静かに紡ぐ口元。
それぞれの主の姿を浮かべる事は出来なかったが、それがただの夢だと切り捨てるにはあまりにもリアルだった。
不自然に途切れる夢に、紅は思わず己の肩を抱きしめる。













「隊長、総隊長からです。召集の命ですね」

そう言って霧渡は紅に預かったそれを渡す。
その内容に目を通した彼女はふぅと溜め息を零し、それを元通りに折りたたむ。

「………これは召集とは言わないわね」
「言うとしたら…“呼び出し”でしょうか。他言無用、との事です」

霧渡の言葉に、紅がわずかに表情を険しくした。
紅は黙って立ち上がると、隣の部屋に移動する。

「透。これの処理を頼むわ。少しここを留守にするから…頼んだわよ」
「はい。この書類ですね。確かに承りました。お気をつけて」
「霧渡、行くわよ」

紅は樋渡に書類の束を渡すと、霧渡に声をかけて隊長室を出た。













これで何度目だろうか。
いつになってもこの扉を通ることには慣れそうにない。
眼前の聳えるようなそれを前に、紅は一つの溜め息を零し、そして口を開いた。

「…零番隊長、雪耶です」
「うむ。入れ」

中からの返事を受けて、紅は扉を押した。
彼女の背後では、霧渡が彼女の背を追うべきなのかと迷う素振りを見せる。

「霧渡、しばしの間席を外しておれ」
「は、はいっ」

いつになく緊張した面持ちで、霧渡が閉じてゆく扉を見送った。
部屋の中央の大きな椅子に腰掛ける総隊長の前に出て、紅が頭を下げる。

「まぁ、気楽にするがよい。………おぬしを呼んだのにはそれなりの理由がある」

紅はただ沈黙を貫き、彼の言葉を邪魔せぬように耳を預ける。

「…行方不明になっていた死神の事じゃ」

総隊長の言葉に、紅は少しだけ表情を変えた。
誰にもわからないような微妙な変化ではあったが、それははっきりと意志を持って紅の中で息づく。

「今、六番隊の朽木が現世に向かっておる。副官を連れてな」
「びゃ…失礼しました。朽木隊長自ら…ですか?」
「そうじゃ。今日中にも帰ってくる」

満足げに頷く総隊長に、紅は一度呼吸を整えるように深く息を吸い、そして静かに吐き出す。
緊張からくるものではないことくらい、彼にはお見通しだっただろう。

「……私は何をすればいいのでしょう?」
「話が早いの。………零番隊の任は理解しておろうな?」

紅は静かに頷く。

「ならば、罪人の管理がおぬしの役目であることもわかっておるな」

確認するような、その眼差しに不快感を覚えるがそれを微塵も出さずに彼女は口を開いた。
逆らうことがどれほど愚かな事か、わからないはずもない。

「はい。…それが、私の役目ですか」

そう言った彼女に総隊長は何も答えず、ただ顔を上下に揺らした。
彼の態度に、それ以上何を問答するつもりもないと悟った紅は深く頭を下げる。

「…朽木隊長が戻り次第、六番隊の方へ赴きます。失礼いたしました」

顔を上げるなり、彼女は出来るだけ表情を映さぬ瞳へとそれを変え、扉を潜っていく。













「隊長?もう終わったんですか」

扉を抜けた所で待っていた霧渡にも答えずに、紅は足早に進んでいく。
存外に早い彼女の帰りとその態度に疑問を抱きながらも、彼はその背中に続いていた。

「…彼女の笑顔さえ、護れないの…?」

呟かれた言葉は小さく風に掻き消される。
断片のみ届いた彼女の声に、霧渡は口を開いた。

「隊長…?」
「…仕事が出来たわ。今すぐにではないから…それまでに全部終わらせる」

彼に詮索されることを拒むように、早口でそう伝える。
彼女の様子に気圧されるようにして霧渡は頷いた。

「は…はい。俺達もですか?」
「あなた達は通常業務」

紅は零番隊に戻ると、すぐに机に着いた。
まるで自身の遣る瀬無さを仕事で忘れようとするように、次々に仕事を片付ける。
そんな紅の様子に頭を捻りながらも、霧渡は自分の仕事に戻った。

「あ!隊長、先ほど十番隊隊長が来られましたよ?」
「…日番谷が…?」

通りかかった樋渡が、丁度良かったと紅にそう告げる。
顔を上げる事なく答える紅に特に気にした様子もなく、樋渡は続きを紡ぎだした。

「ええ。言付けはいらないとの事でしたが…それも私が引き受けますので、会いに行きますか?」

今しがた任された仕事が終わりましたから、と手を伸ばす樋渡。
紅はその時初めて顔を上げ、彼女に向かって首を振った。

「…仕事が先。これは私が片付けるから、あなたは自分の仕事に戻って」

一時的に作業の手を止めた紅は、再び書類に向かう。
その様子に樋渡も疑問を抱いたが、何も言わずに自分の席に戻る。
それから半刻後、零番隊へ六番隊長の帰還の一報が届けられた。
紅が心中を隠すように手を握り締めたこと。
それを、知る者はいなかった。













「零番隊、雪耶です」
「入れ」

紅は、白哉が戻ったと聞くと、すぐに六番隊を訪れた。
部屋に入るなり用意していたように彼が紅の前へと立つ。
何かを訴えるように見上げる瞳を見ず、彼は用件を問う。

「…零番隊の職務です」
「付いて来い」

白哉に案内されて、紅は六番隊の中を進む。
前を進む背中に何かを訴えても、それを拒む雰囲気に掻き消されているようだった。

「あなたはこれでいいのですか?」

ふと立ち止まり、紅はその背中に問いかける。
彼も同じく歩みを止めるが、振り向かぬ背中がその答えを語っているようだった。

「職務ではなかったのか?」
「…個人的な質問です」
「ならば、答える義務はない」

そう言って歩き出す白哉に、紅は何も言わずに目を伏せた。
まずは、彼女に会ってから。
それから己の動向を見極めよう。
言葉に出す事なくそう結論付け、自分が追うことの出来る速さで歩む白哉の背に向かって足を動かした。









廊下を抜けた、無機質な部屋。
入り口に背を向けるようにして座る人影。
その背中に、思わず涙が出そうだった。

「ルキア…」

すでに白哉は立ち去り、この部屋には紅と彼女しかいない。
名を呼ばれた彼女は一度肩を揺らし、そしてゆっくりと振り向いた。

「久しいな、紅」
「出来る事ならもう少し会いたくなかったんだけど…ね」

本心は会いたかったけれど、それを拒んだのは他でもない自分自身だったから。
ルキアが少しでも長く向こうに居られればと望んだのだから。

「お前には苦労をかける」

零番隊の職務に対する言葉だろう。
ふと哀しげに表情に陰を落とし、ルキアはそう言った。

「…私は他の人に任されなかった事、嬉しいよ」
「紅…」
「全然知らない人よりは、いいでしょう?」

その言葉をきっかけに、紅は世間話に似た言葉を交わす。
時折相槌を打つルキアの反応を見ながら内心溜め息を漏らした。
思ったよりも、酷く落ち込んでいるらしい。
どう言う経緯で白哉が彼女を連れ帰ったのかは知らない。
だが、それは決して彼女にとって喜ばしい事ではなかったようだ。
心配かけないように振舞う彼女が、紅にとっては痛々しく見えた。
少しでも彼女の気分が楽になればと、あえて関係のない話を持ちかける。

謎を秘めた夢の存在すらも忘れて ―――

Rewrite 05.11.03