Raison d'etre sc.005
二人は一番隊へ向かっていた。
「隊長。私、総隊長直々に呼び出しを受けるようなことしました?」
「…俺が知るかよ」
「もしも追いかけっこが原因なら隊長の所為でもありますよね」
「お前がサボるからだろうが…」
呆れた様な声色で答える日番谷に、紅は心外だと言葉を返す。
どれだけ言っても彼女のサボり癖が治るとは思えないので、すでに諦めの域に入っていた。
やがて目の前に身丈の数倍はあろうかと言う扉が現れる。
左右に開く扉の中心部には『一』の文字が書き込まれていた。
「…はぁ…。腹、括りましょうか隊長」
「雪耶…お前、少しは女らしく言えよ…」
溜め息と共にそう吐き出すと、彼は一度閉じた目を開いた。
実の所、日番谷はお叱りでないことを知っている。
何故彼女を連れてこなければならないのかも理解しているのだ。
自身にとっては歓迎できる事ではないにせよ、ここまで来れば彼女の言葉通り『腹を括る』しかないのだから。
そう覚悟を決めると、彼は扉を押し開けた。
「来たか…前まで来るがよい」
中からの声に日番谷が進み、紅がその後に続く。
「時間もないことじゃ。早速本題に入ろうかの」
そう言って総隊長は長いヒゲを弄る。
視線を紅に固定し、そして口を開いた。
「十番隊第四席、雪耶紅」
「はい」
「おぬしには今日この時より十番隊の除隊を命ずる」
彼はここで一旦言葉を区切った。
姿勢を正したままの紅は言葉もなく動かない。
「そして…おぬしには隊長へと昇格してもらう」
「――――…隊…長…?」
日番谷は驚きに目を見開く彼女の隣で静かに視線を総隊長へと向けた。
「待ってください!隊長なんて…荷が重すぎます!!私、人の上に立てるほど出来た人間じゃありません!」
「雪耶、落ち着け」
「隊長も何とか言ってくださいよ!私にはとても…っ」
しきりに首を振る紅。
もうすぐ尸魂界へ来て一年と言う月日が経とうとしている。
しかし、すでに今隊長として任務を全うする彼らからすればほんの一瞬のような時間だ。
こんな自分に彼らと肩を並べる資格など、あるはずもない。
「今回の任務…。本来は他の隊の副隊長に任せるはずであった」
「だが、お前の昇格の話が出たから俺が引き受けたんだ」
総隊長の言葉に続けた日番谷。
「隊長が…?」
「お前を推薦出来るかどうか………俺自身が見定める為に」
昨日聞かされたばかりだった。
自分の部下であった者を同じ隊長へと推薦する事への、一抹の不安。
それを消す為に、今回の任務を引き受けた。
「結論として、俺はお前を隊長として認める」
「日番谷…隊長…」
「すでに二番隊、十二番隊以外の隊長がおぬしを推薦し、今除外した彼らの承認も受けておる」
後は彼女自身の決断のみと言う事だ。
その言葉に紅は困惑した。
ここで頷かない事は、推薦してくれた隊長らの信頼を裏切る事のように思える。
しかし ―――
「どこの隊へ?」
「ぬしらが知っておるかはわからんが…零番隊じゃ」
静寂と共に紡がれた言葉。
日番谷はわからなかったようだが、彼女は明らかな反応を示した。
「他の隊には極秘の任務を主とする隊…。隊員全てが副隊長と同等の実力を持つ…」
「では、今は一人も隊員がおらんと言う事を知っておるか?」
「前回の任務の際に零番隊は全滅と言う話を聞きました」
伊達に瀞霊廷を走り回っているわけではない。
限りなく極秘に近い部屋にも侵入した覚えは多々ある。
偶然目にしたそれだが…よもや自分が関わる事になるとは思わなかった。
「…少しだけ、時間をください。明日には返事を…出来るようにしてきますから…」
「よかろう。明日は隊首会じゃて…その前に返事を聞くとしようかの」
「わかりました」
覇気のない声でそう答え、その場を後にする。
俯き言葉を発しない彼女の考えを邪魔せぬように、日番谷も何も言わなかった。
無言のままに紅は十番隊の屋根の上に寝転がっていた。
過ぎ行く雲を眺め、ただ流れる時に身を任せる。
「またサボってんのか、お前は…」
「今日くらいは許してくださいよ。色々ありすぎて…頭パンクしそうなんです」
「…お前の考えは決まってるんだろ?」
ドサッと隣に腰を降ろす日番谷。
彼の言葉に紅は苦笑を浮かべた。
「なんだ、気づいてたんですか」
「まぁな」
「わからない部分が多すぎるの。確かに、私は弱いつもりはない。自惚れじゃなく、副隊長程度なら負けないと思ってる」
そっと目を閉じて紅は言った。
先程まで映していた風景が瞼の裏に映る。
「何で、私なの?まだ一年未満の新人って言ってもおかしくないような…」
「…俺はその答えを持ってない。だが、それはお前の実力ゆえの事だと思ってる」
「…実力で片付けるには、あまりに重過ぎるよ…」
今はまだ誰かの下で笑っていたかった。
一つの隊を担うなど…重すぎる。
そう思うのに、わかっているのに…。
「確かな形で…自分の実力を示したいと思ってる。この手に護れるものがあるんだって事…信じたい」
弱すぎる力かもしれないけれど、護る為に。
その為に、自分はここにいるのだから。
「…出来る」
「隊長?」
「雪耶。お前なら出来る。もし、それが重過ぎると感じる時があれば…」
彼はその翡翠の目に紅を映しながら言った。
『いつでも支えてやるから』
紅は彼の言葉に微笑み「ありがとう」と紡ぐ。
「それにね?私は…嬉しいんだ。初めて、日番谷隊長に認めてもらえたような気がするから」
「…単純な奴」
少しだけぶっきら棒に彼はそう言った。
逸らされた視線は、彼が照れているのだと言う事を証明している。
「ま、これで俺も仕事が楽になるな。お前を追いかけずにすむ」
「そんな事言って…本当は寂しいんじゃないの?」
からかうような口調で紅はそう問いかけた。
彼がそんな事を思ってくれるわけがないと、そう思い込んでいたから。
しかし ―――
「…そうだな」
想像とは違った返事に紅は口を開いたまま間の抜けた顔で止まる。
そんな彼女を見て、彼の眉に皺が追加された。
「んだよ?」
「いや…隊長がそんな事言ってくれるなんて…熱でもある?」
「…………………出てく前に仕事増やすぞ、お前…」
口角を持ち上げての言葉に紅は慌てて首を振った。
ただでさえ今ある仕事の処理は大変そうだと言うのに…これ以上増やされたのでは堪ったものではない。
必死の様子の彼女に、不機嫌などすっかり消え去った日番谷は笑いながら屋根を下りていった。
その背中を見送った後、紅は静かに空を仰ぐ。
「頑張って…みますか」
誰に言うでもなく、自らに紡ぐ。
晴天の空の下、覚悟と言う名の誓いを自らに立てた。
「此度、ここにおる雪耶は零番隊の隊長を務めることとなった」
総隊長の声が全ての隊長の元へと届く。
彼の脇に立つ紅。
その背には『零』の文字が背負われていた。
Rewrite 05.10.30