Raison d'etre  sc.001

夕暮れに染まる公園で、紅は自縛霊を見た。
幼い女の子は自らの死を受け入れようとしている。
しかし、どう頑張っても母親を恋しく思う気持ちや伝えたい思いは消せなかったようだ。

「ありがとう、お姉ちゃん」
「別に大した事はしてないわ」
「そんな事ないよ。ね、最後にもう一つだけ…お願い聞いてくれる?」

そう言って小首を傾げる少女に、紅はクスリと笑った。
了承を伝えれば彼女は花開くように喜ぶ。

「あのね。私の話聞いてくれたお兄ちゃんがいるの」
「その人にありがとう、って伝えるの?」
「うん」
「どんな人かわかる?」
「オレンジ色の髪で、目付きの悪いお兄ちゃん!でも凄く優しくて…楽しかったの」
「…オレンジ色の髪に目付きの悪いお兄ちゃん、ね。大丈夫。凄く覚えがあるから…伝えるわ」

彼女に合わせるように腰を折り、紅はその頭を優しく撫でた。
こんな時、幽霊に触れられる身体が少しだけ嬉しく思う。

「ありがとう…」

薄れ行く少女は、やがて空気に溶け込むように消えていった。
それを見届けると、紅は静かに息を吐き出す。
慣れた事ではあるけれども、やはりどこか哀しくて…。

「…一護も絡んでたのね」

呟くようにそう言うと、紅は慣れ親しんだ帰路へと足を下ろした。











「こんばんは」
「あ ――― っ!!紅姉、久しぶり!!」
「久しぶりって…二日前に来たばっかりなんだけど…」
「お姉ちゃん!!」
「こらこら、二人して飛びついたら危ないってば」

両脇に夏梨と遊子をぶら下げた状態で、すでに我が家に近いほどよく知っている家の中を進んだ。
そんな彼女らの興奮した声を聞き取ったのか、階段を降りて来る足音が聞こえる。
その音の主が誰かわかる程に、紅はこの家と親しかった。

「随分賑やかだな……って、紅か」
「や、一護。お邪魔してます」

本来ならばここで片手を上げる所だが、生憎両手には可愛い彼女らが重石の如くぶら下がっている。
そんな紅の心を読み取ったのか、一護は苦笑を浮かべながら妹たちに声をかけた。

「夏梨に遊子、紅から離れろって」
「へっへ~ん。一兄羨ましいっしょ?」
「んなわけあるか!」

そんな必死にならなくても…と思う紅だったが、それを口に出す事はなかった。

「夏梨、一護をからかわないの。それに…一護も大人気なく挑発に乗らない」

まるで母親のような…家族のような、そんな言葉だ。
それほど踏み込める仲だからこそ、こうして口に出来るのだが。
すでに離れていた遊子に倣う様に夏梨も紅の腕を解放した。

「一護、話があるんだけど…。時間はある?」
「おう。部屋来るか?」

彼の申し出に紅は首を振った。
ただ伝言だけなのだから、わざわざ部屋にあげてもらうほどの事でもないだろう。
雰囲気を読み取ってか、リビングへと入った二人の気遣いに感謝しながら、紅は口を開いた。

「“ありがとう”って」
「……誰からだ?」

さすがに日常的な事とあって、一護の勘はよかった。
紅は「公園に居た、ショートヘアーの女の子」だと答える。
思い出すように視線を巡らせた後、彼は頷いた。

「成仏できたのか?」
「うん。お母さんに、気持ちを伝えたかったって」
「そうか。………大丈夫か?」

覗き込むようにして一護は紅に問いかける。
何に対して、などと言う野暮な言葉はない。
自縛霊の成仏を手伝う度に胸を痛める彼女を心配しているのだ。
昔からそうだ。
幽霊が見え、彼らと言葉を交わし、そして触れることも出来た。
どちらともなく始めた…所謂成仏の手伝い。
全ての霊に平等に対処するなんて事は出来なくて、ただ二人に何らかの接点を持った霊のみだった。

「よかったな。あいつが成仏出来て」

くしゃりと髪を掻き混ぜる彼の手が心地よく、紅はただ目を閉じる。
自分でも驚くくらいに安心して、思わず涙が零れそうだと思った。
だからなのだろう。
成仏を手伝った後、意味もなくこの家に来たくなるのは。
この家に来れば…彼がいるから。

「…一護」
「ん?」
「ありがとね」
「…あぁ」

短い言葉だけで伝わることが、ただ嬉しかった。












「じゃあ、私…帰るね」
「もう大丈夫か?」

先程と同じ質問。
今度はその言葉にもちゃんと笑顔を返すことが出来た。

「大丈夫」
「そうか。わざわざ悪かったな。伝言貰ってきてくれて」
「いいよ、別に。こっちこそ…ありがとう」

そう言って紅は靴紐を結びなおした。
トンッと玄関のタイルでつま先を蹴って履き心地を整え、彼女は一護を振り向く。

「送ってくか?」
「平気だよ。そんなに遅くないし…歩いて5分だしね。第一…変な奴は返り討ち?」

小首を傾げながらそう言う紅に、一護は「そりゃそうだな」と笑った。
彼と一緒に空手を習いだしてすでに数年。
この所引き分けが多かったから…それなりに実力はあるはずだ。

「気をつけろよ」
「了解です。じゃあ、おやすみ」

外まで見送られて、紅は黒崎家を後にした。
この時は想像もしない。
ずっと…こんな日常が続くと思っていたのだから。






わかっていた。
この世界に不変のものなんてないんだって。
だけど、信じたかった。
私達の距離だけは変わらない。
時が流れても、傍に居られる。
それなのに ―――。

神様って居ないんだね。
別れがくるとは思わなかったよ。
それも…こんなに早く。

家族とか、友達とか…考え出したらキリがない程に私が知ってる人は多い。
だけど、その中で…。

「俺は…死神だ」

その言葉が耳に届いた瞬間。
どうしようもなくあなたに逢いたいと思った。

Rewrite 05.10.30