神楽や新八が例の女性に出会ったと聞いてからと言うもの、町を歩く女性の背中に、彼女の面影を探している。
二人が話していた女性は、きっと紅ではない。
その内容や特徴から、そう思っているのに…視線は、素直すぎた。
「銀さん、また女の人を見てるんですか」
河原に座って休憩していた銀時が、遠くに見える町に目を向ける様子を見て、新八が声をかける。
その言葉に振り向くでもなく、銀時が口を開いた。
「そんなんじゃねーよ」
「誰か探してるんですか?銀さん、少し変ですよ」
「気の所為だ」
ほっとけ、とばかりに、ひらひらと手を振る彼。
新八は、溜め息を一つ漏らしてから、作業を進めている神楽の所へと歩き出す。
まさか、こんな所で。
一番初めに浮かんだのはそんな感想だ。
こんな所で再会するとは、思わなかった。
生きている保障すらなかったのだから、無理はない。
怒涛のようで、それでいて穏やかな時もあったこの数年間。
一度も思い出さなかったと言えば嘘になるだろう。
しかし、いつも思い出していたわけではない。
だからこそ、懐かしいという感情が沸き起こった。
だが―――紅の足は、彼の元へ進もうとしない。
理由は、他でもない彼女が一番よく理解していた。
坂本でもない。
桂でも、銀時でもない。
彼女は、高杉を選んだ。
平和主義と言うと聞こえが良すぎるだろう。
けれど、良くも悪くも銀時は平穏を好んでいた。
そんな彼は、今の彼女を見て知って…どうおもうだろうか。
過激派の筆頭である高杉と共に歩んできた彼女は、既に銀時とは違う世界にいる。
顔を合わせることは出来ないと思った。
くるりと踵を返した紅は、頭の笠を深くかぶる。
「“さようなら、銀時”」
奇しくも、あの日と同じ言葉が唇から零れ落ちた。
河原に寝転がっていた銀時が、勢いよく身体を起こした。
同時に、きょろきょろと周囲を見回す。
何かが聞こえたわけではない。
けれど、何かを感じた。
「銀ちゃん、どうしたネ?」
神楽の声も、今の銀時には聞こえていなかった。
見まわした視界の中に、笠をかぶった女性の後ろ姿が映った。
視界がそれを映し、脳が理解するよりも早く、立ち上がったままの勢いで走りだす。
自分を呼ぶ神楽の声が遠のいていく。
もし仮に彼女だったとして、今更何を言おうと言うのか。
…そう、今更、だ。
もう何年も顔を合わせていなかった、かつての仲間と言うだけの自分。
偶々出会って、元気だったかと言葉を交わすならばごく自然だ。
しかし、こんな風に必死になって追いかけるような関係ではない。
それなのに、何故自分は走っているのか。
町に入り、女性の姿は人ごみの中に消えてしまっていた。
路地の入口で立ち止まった銀時は、弾む呼吸をそのままに周囲を見回す。
笠の一部すら見つけることは出来なかった。
「…馬鹿か、俺は…」
呟いた声は、全力疾走の名残を色濃く残していた。
「高杉と出会ったから、もしやと思っていたが…」
背後からの声に、紅は下を向いていた視線を上げた。
振り向く必要などない。
けれど、紅はあえて身体ごとその人物を振りむいた。
「…久しい顔ね、桂」
「あぁ。高杉と行動しているらしいな。奴の噂はよく聞く」
「ええ。そう言うあなたも、結構有名なお尋ね者よ」
緩やかに唇を持ち上げる彼女。
最後に見た彼女は、未だ男装の名残を残した容姿だった。
しかし、今の紅はどうだろうか。
背中だったとしても、男性と見間違う事はないだろう。
正面から彼女を見たならば、男であれば一瞬は見惚れるような美麗な顔立ち。
品の良い着物に身を包み、穏やかに微笑む様は、過激派との関わりなど微塵も感じられない。
彼女の噂を聞かない理由は、ここにあるのだろう。
「高杉を止めるつもりはないのか?」
「あの人が止まると思う?それに…止める理由もないわ」
「考え直せ」
桂がはっきりとそう告げる。
過激派に組されるなど、彼女には似合わない。
「…もう遅いのよ、桂」
紅は空を仰いで呟いた。
「今ならまだ間に合うはずだ!」
間髪容れずに声を荒らげる彼。
人通りが多いからこそ、その雑踏に飲み込まれるおかげで注目を集めたりはしない。
紅は視線を彼へと戻し、哀しげに微笑んだ。
「…あなたのそう言うところ……嫌いじゃなかった」
その表情を見て、桂は理解した。
彼女には、自分の声は届かないのだと。
全てを遮断し、聞かないようにしているわけではない。
けれど、彼女の中では高杉の元を離れると言う選択しそのものが存在しないのだ。
「…お前は、平和に生きる権利があると言うのに…何故、奴と…」
呟きながらも、その答えが出ていることを自覚していた。
「紅」
雑踏の中でも聞き逃さない声。
パッと反応した紅が振り向いた先に、鮮やかな着物を着た男が一人。
彼女と同じく笠で隠された顔を見る事はかなわない。
「帰るぞ」
「…ええ」
迷いなく足を動かし、彼の隣に並ぶ紅。
桂の目には、その光景がとても自然なもののように映った。
「高杉…」
そのまま立ち去ろうとした高杉を呼び止めるように、呟くような声を発する。
笠の下から、彼の眼が見えた。
「ヅラ。余計な口を挟むな」
そう言うと、反応など求めていないとばかりに歩き出す彼。
桂を振り返り、けれど何も言わず、紅も彼に続いた。
紅を理解したのが高杉だったのならば、高杉を理解したのもまた、紅だったのだろう。
数年と言う短くはない月日の中で、共に歩むことを許された彼女。
依存しているのは、紅だけではないのかもしれない。
人ごみの中に消えたかつての同志達を思い、桂は一人、その場に立ち尽くした。