その日、真選組の屯所では、今度の祭りに向けた会議が行われていた。
「いいか。祭りの当日は真選組総出で将軍の護衛につくことになる。
将軍にかすり傷一つでもつこうもんなら俺達全員の首が飛ぶぜ。そのへん心してかかれ」
そう言って隊士の気を引き締めるべく言葉を発していたのは、真選組副長、土方十四郎だ。
疑わしい連中は片っ端から叩き斬れという言葉に対し、沖田の枠を超えた発言。
そんなこんなで話が逸れる事もあったが、とりあえず一段落する。
そこで、彼は煙草の煙を吐き出し、改めて口を開いた。
未確認の情報だが、過激派攘夷浪士の一人が江戸に紛れ込んでいるというもの。
先日、料亭にて会談を行っていた幕吏十数人が皆殺しにされた事件の首謀者。
「攘夷浪士の中でも最も過激で最も危険な男…高杉晋助」
名前くらいならば真選組の誰もが知っているはず。
土方の言葉により、その場の空気がピンと張り詰めた。
そんな危険な男が、江戸に居る。
今回の将軍の護衛の難易度が急上昇した。
「それと、もう一つ」
もうこれ以上迷惑な報告は嫌だ。
まだあるのか、と言った表情を浮かべる部下たちを前に、土方は続ける。
「覚えておくべき奴が一人いる」
「誰のことでい?そいつは」
反応した沖田に対し、彼はすぐにその名を口にしようとはしなかった。
「名前は―――しらん」
「…名も知らねェ奴を覚えろ…か。土方さんはとうとう頭が沸いちまったらしいや」
「名前どころかその容姿も、今までの足跡も…そいつが存在する証拠すら、何ひとつ見つからねぇ」
「それは雲を掴むような話ですぜ」
「だが―――噂くらいは知ってんだろ。攘夷浪士高杉晋助が連れてる手練の女」
ざわついていた室内が静まった。
噂を知らぬ者、知っている者。
それぞれが、土方の言葉の続きを待つ。
「例の情報の女ですかい。あんな耄碌婆の情報を鵜呑みにするなんて、随分と甘い判断じゃありやせんか?」
「誰が鵜呑みにした?元々信用しちゃいなかった。…物騒な目の女を見つけるまでは、な」
「女?」
「あれは、数多の死線を潜ってきた奴の目だ。高杉が江戸に入ったって言う情報を聞いてから、その女を見た」
可能性は否定できないと言うことなのだろう。
いよいよ、あの噂の人物の尻尾を掴んだのかもしれない。
ごくり、と誰かが唾を飲んだ。
「いっそ、その女を捕まえて餌にしやすか?それで高杉が出てくれば黒に間違いねェ」
「…捕まるとは思わんが…仮に、捕まえられたとしたら、それも一つだな」
今まで何一つ情報を得られなかったのだ。
そんな人物をあっさりと捕らえることが出来るとは思っていない。
しかし、もしそれが可能ならば。
可能性として、考えておくことも必要かもしれない。
女を利用するのは気が進まないが、仕方あるまい。
「―――まぁ、この事は心に留めておくだけでいい。とにかく、用心しろ」
そんな土方の言葉により、会議は締めくくられた。
「真選組が動いているわ」
宿に戻った紅は、部屋の中にいる高杉にそう告げた。
「どこからかわからないけれど、どこからか情報が洩れてるのかもしれないわ」
「…気にする事はねェよ。江戸にどれだけの宿があると思う?ここに辿り着く頃には片は付いてるぜ」
「…そうね。それと、平賀源外、見つけておいたわよ」
「どこに居る?」
「川原。案内するわ」
用意して、と告げる彼女に、高杉は動こうとせずに彼女を見る。
そして、大丈夫なのか?と問いかけた。
「真選組の事を言っているならば、問題はないわ」
「やけに自信を持ってるらしいな」
「川原を見回っていたから。そう何度も見回るほどあの人達も暇じゃないはずよ」
そんな紅の説明を聞き、漸く重い腰を上げた。
一旦煙管を口から離して煙を吐き出し、スッとそれを差し出す。
いつの間にか近付いていた彼女がそれを受け取り、灰を落として手早く片付けた。
そうしている間に、高杉は入り口付近に置いていた笠を持ち上げる。
「行くぞ」
「ええ」
歩き出す高杉に続いて、紅も足を動かした。
「真選組の副長と会ったわよ」
「…随分と迂闊だったな」
「そうね。自分でもそう思う」
高杉は、紅が自分の存在を明るみにしないよう影で動いていたことを知っている。
だからこそ、真選組と言う幕府の人間にその顔を見せたことが意外なのだ。
彼女がしくじったとは思っていない。
何の影響もない事は明らかだが、しかし迂闊だったということも事実だ。
「噂通りの男。でも、意外と冷静だったわね。あの男が動くとなれば、少し厄介かもしれないわ」
「クク…。明日は雨か?お前が幕府の連中を褒めるとはな」
「褒めてないわ。冷静な分析と言って欲しいわね」
「そんな嫌そうな顔をする事はねぇだろ」
楽しげに喉を鳴らす彼に、少し冷めた目を向ける彼女。
心外だ、と言いたげな表情だ。
「まぁ、真選組の事はお前に任せる。好きにしろ」
「今の所は何もする必要はないと思うわ。私の顔も教えたことだし…少し泳がせて見ましょうか」
紅の存在を知って、どう動くのか。
今はまだ、こちらから行動を起すときではないと判断した。
ふと、紅は顔を上げて高杉を見る。
視線に気づいた彼がこちらを向き、視線が絡んだ。
「もし仮に私が捕まったとしても、あなたは動かないわよね?」
問いかけではなく、確認だった。
彼は、そんな彼女の言葉を鼻で笑う。
「俺の邪魔をすれば殺す―――そう言ったはずだぜ」
「…ええ、覚えているわ。それを聞いて、安心した」
この人の障害にはなりたくない。
ならないと決めているけれど、それはあくまで自分が意識を保っている間のことだ。
もしかするとこの先、そんな状況が出てくるかもしれない。
その時に、彼が動いたりしないように。
確認と言うよりは、念押しの意味を含めた言葉だった。