道を封鎖するパトカーを見つけ、ふと足を止めた。
少しだけ悩む素振りを見せてから、近くに立っている真選組の隊士の元へと近付く。
「あの…」
第一声と言うのは、とても重要だ。
声は、自分への第一印象を決める大きな要素を担う。
出しゃばり過ぎず、控えめな女性らしい小さな声を発する。
そんな紅の思惑は面白いほどに成功し、隊士は正義感と共に「どうしましたか?」と振り向いてくれた。
「お仕事中に申し訳ありません。何か…あったんですか?」
「攘夷志士がこの辺りに潜伏していると言う通報があったんです。あまり出歩かない方がいいですよ」
隊士の言葉に、紅はまぁ、と口元を隠す。
少しばかり怯えるような仕草を追加しつつ、心中ではこの辺りで動いている攘夷志士を思い出そうとしていた。
自分も真選組に追われる立場なのだが、巧妙に隠している彼女の素性がばれると言うことはまずありえない。
それこそ、過去の自分を知る誰かが口にしたりしなければ。
誰だろう、と考えるけれど、思い当たる人物は居なかった。
「江戸も物騒になりましたね」
「そうですね。残念ですけど。貴方は江戸の方じゃないんですか?」
「少し前まで京に住んでいたんです。私用でこちらに移ってきたのですが…」
「何か困ったことがあったら、いつでも連絡してください。真選組は町民の安全を守ることが仕事ですから!」
元気にそう言った隊士に、紅はにこりと微笑んだ。
頼りにしています、と告げると、彼は嬉しそうに笑う。
それから、真選組の多い通りを避けるようにしてわき道を抜け、一つの建物へと戻ってきた。
「ただいま」
声が返ってくることはないけれど、中に人がいることはわかっている。
気配のある部屋へと向かい、スラッと襖を開いた。
同時に、鼻に届く煙管の煙。
「…やけに騒がしいな」
窓辺に腰を下ろし、町の方を見る彼、高杉の視線が紅へと向けられた。
「攘夷志士が潜伏してると言う通報があって、動いているみたい」
「ほォ…。どこの奴だ?馬鹿をやらかした奴は」
「さぁ。見当も付かないけれど」
被っていた笠の紐を解けば、サラリとした黒髪が着物の背中を覆った。
軽く蒸れた髪に指を差し込んで解しつつ、彼の元へと歩いていく。
そして、彼の向こうに見える窓の外を一瞥してから、彼の了承なしに片手で障子を閉ざした。
「指名手配されてるってこと、忘れてる?」
「…誰も上なんざ見ちゃいねェよ。数日後の祭りに浮き足立つ馬鹿な連中が溢れてやがる」
「用心するに越したことはないの。晋助が捕まれば、鬼兵隊の皆が困る。
それに…私には、あなたを任された責任があるんだから」
障子から手を離し、溜め息を吐きながらそう告げる。
追われることに怯えるような人間ではないのだから、無意味な説教だと言うことはわかっている。
しかし、江戸に来る際に「晋助を頼む」と仲間から念を押されているのだ。
彼に何かあれば、仲間に示しが付かない。
「クク…。随分と用心深くなったもんだなァ」
「誰かさんが無用心な分、私がしっかりする他はないでしょう」
煙管の届く範囲に灰皿を移動させ、着物の裾を捌いてその場に座る。
邪魔になる髪を一まとめにしてしまおうと、手首に結んでいた髪紐を解いた。
それを唇に挟み、両手で髪をまとめ始める紅。
不意に、つんと髪が引っかかるのを感じて、彼女は振り向いた。
「――――…」
いつの間にか、煙管を手放した高杉が、紅の髪に触れている。
気だるそうな様子で肘を付き、一筋を指へと絡めて遊ばせていた。
気紛れか、或いは暇つぶしなのだろう。
まとめようとしていたのに、と思いつつ、紅は手を下げた。
パサリ、と髪が背中に戻っていく。
「…大分伸びたな」
彼が触れる髪は、すでに二人が出会った頃よりも長くなっている。
一緒に過ごした時間の長さを感じさせるものだ。
「ずっと整える程度にしか切っていないから」
伸びるがまま、と言うわけではないけれど、短くする目的で髪を切ったのは一度だけだ。
数年前の、銀時の発言によるあの一度だけ。
暫く紅の髪に触れていた彼だが、やがて何も言わずにそれを解放した。
そして、静かに目を閉じる。
眠るつもりがあるのかはわからないけれど、壁に凭れたまま身体を楽にする彼。
そんな彼の傍らで、紅はぼんやりと部屋の中を見回した。
「…万事屋銀ちゃん」
閉じた障子の方を見つめ、紅がそう呟いた。
白夜叉と呼ばれた彼は、気ままな万事屋生活を送っているらしい。
人よりもよく聞こえる聴覚を持つ紅は、その人当たりの良さも手伝って、情報には詳しい。
昔、共に戦った同志がどうしているのかを調べるのは簡単だった。
障子の桟に手をかけ、音もなくそれを開く。
少し高台と言う位置関係も手伝い、かぶき町を一望することが出来る。
その向こうに、ターミナルが見えた。
紅が目を細める。
多くの仲間が死んだ。
彼女自身も、沢山の怪我を負った。
あれほどに様々な物を失いながらも刀を振るったと言うのに、時代は天人を受け入れてしまった。
「時代は勝手に動いてく。抗うことは無意味―――か」
誰かが、そう言っていた。
その言葉は、今だからこそ納得できる。
自分たちのしたことは、何だったのだろうか。
「私が得たものは…」
規則的な呼吸が聞こえる。
窓から視線を外してそちらへと目を向けた。
俯き加減の高杉の横顔が見え、無意識のうちに指先に少しの力が加わる。
―――私が得たものは、居場所だけ。
人間でもなく天人でもない。
宙に浮いた存在だった自分が、唯一雪耶紅でいられる場所。
銀時、桂、坂本―――あの時の自分を知る人間は、そう多くはない。
彼らとならば共に行けたかも知れないけれど、自分は高杉を選んだ。
いや、選んだと言うよりは、それが一番自然だったのだ。
自分を拾ったのが彼ならば、あそこから連れ出すのも彼だった。
ただ、それだけのこと。
けれど、紅にとってはそれがとても大切だった。
この居場所を壊す誰かが居たならば、迷いなく刀を抜けるほどに。
「私たちを見つけない方がいい」
町中で出会った真選組の隊士に向け、そう呟く。
今回探しているのは自分たちではないようだけれど、いずれ、衝突する日が来る。
そんな日は来なければいいと思うけれど…対立している以上、仕方がないことだろう。
失うならば、刀を抜き、過ぎた日の自分に戻ろう。
だからこそ、見つけない方がいい―――そう願うことを止められない。
朱羅の通る道には、血と骸しか残らないから。