「やったネ!酢昆布3箱買いヨ!!」
ひゃっほう!と喜びに浮かれている神楽に、新八は苦笑を浮かべた。
3箱程度で得られる幸せ―――なんてお手軽だろう、と思う。
しかしながら、彼女の反応は都会で忘れられがちな素直さと言うものを思い出させてくれる。
新八は、そんな彼女が決して嫌いではなかった。
「神楽ちゃん、嬉しいのはわかったから、少し落ち着いて。じゃないと、人に―――」
道の往来で傘を振り回して喜ぶ彼女を、そう窘める。
あのままでは傘を人にぶつけかねないし、何より彼女自身が突撃しかねない。
とりあえず隣を歩かせようと伸ばした腕は、彼女を掴み損ねてしまった。
ドン、と言うあまり聞きたくない音と共に、神楽が尻餅をついた。
持っていた酢昆布の箱が宙を舞う。
「あああ、だから言ったのに!!」
スーパーの袋を提げた手で頭を抱えてそう叫んでから、我に返って彼女の元へと駆け寄る。
新八が彼女の元へと辿り着いたのと同時に、舞い上がっていた酢昆布の箱が落ちてきた。
3つのそれが、流れるような動作で白い手に受け止められる。
受け止めたのは神楽ではなかった。
「…大丈夫?」
箱を受け止めた反対側の手が神楽へと差し出される。
少しだけ躊躇ってから、神楽はその手を取った。
「ごめんなさいね、ぶつかってしまって」
「うん、大丈夫。私もごめんアル」
「中身は大丈夫だと思うけれど…駄目になっていたら、これで新しいものを買ってくれる?」
受け止めた箱と共に渡されたお札は、とてもではないが酢昆布を3箱だけ買うような額ではない。
それこそ箱買い出来そうなほどの金額に、渡された神楽ではなく新八が青くなった。
「こ、こんな金額もらえないですよ!ほら、神楽ちゃん、返して!!」
「嫌ヨ!これで酢昆布を箱買いするアルヨ!!」
「そんな風に使ったら勿体無いから!それぐらいなら食費に使って!!」
「私がもらったお金アルヨ。私の好きに使うネ」
「殆ど神楽ちゃんの為にかかってる食費だからね、これ!!」
興奮している新八と、サラリと受け流す神楽。
そんな二人のやり取りを止めたのは、クスクスと言う控えめな笑い声だった。
自然と口を噤んだ新八は、そこで漸く相手の顔をしっかりと見る。
柔らかい色合いの着物に身を包み、長い黒髪を低い位置で束ねて片方の肩から胸の方へと流している。
年は、彼の雇い主である銀時よりも少し若いくらいだろう。
姉の妙も黙っていれば十分美人だが、この女性は物腰や空気にもそれが溢れ出ている。
自然体の綺麗さと言うよりは、洗練されたそれだと感じた。
「あの…すみませんでした。ぶつかってしまって」
「構わないわ。お互いに怪我もなかったのだから、気にしないでおきましょう?」
そう言ってから、彼女は少し乱れた着物の裾を正す。
そして、改めて二人に向き合った。
「嬉しいのはわかるけれど、ちゃんと周りを見て歩きましょうね」
「わかったアル」
「それから―――白い………白い獣と仲良くね」
ぽん、と神楽の頭を撫で、彼女は背を向けて歩き出す。
人ごみの中にまぎれてしまった彼女は、すぐに見えなくなった。
「白い獣?あの人、定春の事を知ってるアルカ?」
「きっと、これだよ」
そう言って神楽の肩に付いた定春の毛を拾い上げる新八。
なるほど、と納得する彼女の傍らで、彼は女性が去っていった方を見つめた。
白い、と呟いた時、一瞬だけ見えたあの表情は―――懐かしさを含んでいたような気がする。
「…さ、帰ろうか、神楽ちゃん」
「えー。酢昆布を買いに行きたいアル」
「予定より遅くなっちゃったし、銀さんも待ってるよ。明日にしよう」
「………わかったヨ」
その後は、傘をひょこひょこと揺らしながらも、周囲に気をつけながら万事屋へと歩く神楽。
そんな彼女と共に、新八もまた、万事屋への道を歩き出した。
「ただいまアル」
「ただいま帰りました」
がらりと引き戸を開け、中の人にそう声をかける。
数秒の間を置いて、返事が聞こえた。
「おー。遅かったじゃねーか」
居間へと足を踏み込んだところで、ソファーに寝転がる銀時が顔を上げた。
そんな彼の元へと、神楽が駆け寄っていく。
「銀ちゃん、驚くアル!」
そう言って、彼女は彼の目の前でお札を広げる。
眼前に迫るそれを見つめた銀時は、おいおい、と髪を掻いた。
「お前、夕飯の買い物に行ったんだろーが。使わないどころか、増やして帰ってくる奴がどこにいんだ。
そんな特技があるならお前、もっと早く言えよ。毎日でも買い物に行かせるのに」
「そんな特技があったら誰も苦労しませんよ。
それに、夕飯の材料はちゃんと買ってきました。それは神楽ちゃんが貰ったんです」
「そうヨ!すっごい美人の女の人に貰ったアル!私のお金ネ!!」
伸びてきた銀時の手から逃げるようにして、神楽が押入れへと走っていった。
明日の為にどこかへ隠しておくのだろう。
彼女の背中を見送った銀時は、状況説明を求めるように新八を見た。
「酢昆布にはしゃいだ神楽ちゃんがぶつかってしまって…。
中身を駄目にしてしまったかもしれないからって、お金をくれたんですよ」
「おいおい。見知らぬ人間からあんな金を貰うなよ。どういう教育だ?」
「それは僕も思ったんですけど、何だか…流されちゃって。凄く綺麗な人でしたよ」
「どうせ、お前の姉ちゃんみたいに中身が野生なんだろ」
美人だったと言う部分は信じていないらしい銀時に、新八は姉の姿を思い出した。
確かに、中身の伴わない人間も居るけれど…あの人は、きっと違う。
それを伝えようと口を開くも、先に言葉を発したのは銀時の方だった。
「美人ってのはだな…。髪が長くて、顔立ちが綺麗で、肌が白くて―――」
順番に美人の要素を挙げて行く彼。
「―――気が強いくせに弱くて、一人がいいって言うくせに、いつも誰かを求めてて…。
自分を心配してる奴の事なんざ、気付きもしないで突っ走って。人を傷つけては傷ついて―――」
「銀、さん?」
「……………挙句の果てに一番厄介な野郎と消えるような人間なんだよ」
銀時の横顔が寂しげで、思わず口を噤んでしまった。
初めは一般的な美人の要素を挙げているだけだったはずなのに、いつの間にか変わっている。
特定の一人を指している言葉の数々に、新八は疑問符を抱いた。
銀時の目には、誰が見えているのだろうか。
「銀ちゃん。それ、誰かの事を言ってるみたいアルヨ」
「…さーな」
「まるで恋焦がれてるみたいアル」
「………そんなんじゃねーよ」
すっと持ち上げた雑誌を目元に乗せる。
見えていた口元は皮肉な笑みを作っていた。
新八は神楽と視線を絡めてから、ため息を一つ吐き出し、キッチンへと歩いていく。
これ以上は何も聞き出せないと思ったのだろう。
銀時を一瞥した神楽もまた、丸くなっている定春の元へと移動していった。
「帰ってたのか」
「ええ。ただいま」
「…どうした?やけに機嫌がいいじゃねェか」
「そう…かな。…そうかもしれない。懐かしい空気を感じたよ」
「…ククッ。天人の鼻が何かを嗅ぎ取ったか?」
「さぁ、ね。でも、再会は近い…かな」