朱の舞姫

血の雨を浴びたかのように、体中を赤く染めたまま、紅はその場に立ち尽くした。
紅以外に立っている者はなく、少し離れたところで争っている音が耳に届いてくる。
今日もまた、多くの天人が朱羅の首を狙ってきた。
結局どこを根城にしても、自分は何も変わらない。
終わりの見えない道を、たった独りで歩かされているような感覚。
慣れた刀が手に重い。
いつから、殺すことを躊躇わなくなってしまったのだろうか。

「おーい」

後ろの方から声が聞こえたけれど、紅は振り向かなかった。
しかし、声の主もそれを気にした様子はない。
近づいてくる足音から、逃げたいと思った。

「暁斗。ちょっと手伝ってくんね?あっちでヅラがヘマしてくれちゃってよー…」

お前んとこは終わってんだろ?とごくごく普通に話しかけてくる。
彼が紅の間合いに踏み出そうとしたところで、彼女は口を開いた。

「近づくな!」

そう声を荒らげる。
自分で予想していたよりも、遥かに大きい声が出た。
驚いた様子もなく、そこで足を止める銀時。

「戦場では俺に近づくな」
「近づくなって、お前…。会話にこの距離は微妙だろ」

紅の間合いは広い。
銀時も、止められたその一線が紅の間合いなのだと理解しているだろう。
自分の足元と紅との距離を見比べ、頭を掻く。

「頼むから…近づかないでくれ」
「…ったく…。わかった、わかりましたよ。近づかねーから、顔くらいはこっち向けろ」

人の目を見て話すのは基本だろ、とぼやく。
しかし、紅は身体を反転させることが出来なかった。
血にぬれた自分が昂っているのを感じる。
今の自分の瞳孔は、確認するまでもなく獣のそれの筈だ。

「暁斗?」
「何も聞かずに、去れ。それが…お前のためだ」
「いや、応援を頼んでんのに去るわけにはいかないだろーが」
「応援は無理だ。俺は…誰かと一緒には戦えな―――」

戦えない、と告げようとした言葉が不自然に途切れる。
前触れもなくグイッと腕を引かれ、驚きのままにそちらを見てしまった。
やる気のない…けれど、奥に確かな焔を見せる目が、自分を射抜く。
驚いたように見開かれるその表情に、紅は慌てて腕を振りほどいて後ずさった。
振りほどいた腕で目を隠す。

「―――お前…天人だったのか?」
「違うっ。奴らと一緒にするな!!」

咄嗟に否定してしまえば、答えを言っているようなものだ。
天人ではないけれど、その血が流れていることは今の眼を見れば明白。
銀時は振りほどかれて少しジンジンと痛む手を持ち上げ、白銀の髪を掻く。
予想外の状況に困惑しているのは明らかだった。

「…血を見ると、昂るんだ。敵も味方もわからなくなる。…間違って殺さない自信はない」

ゆっくりと腕を下ろし、俯く。

「昂って周りが見えなくなるって…発情期か、お前は」
「銀時!俺はふざけた話をしてるんじゃない!」
「興奮して見えなくなんのはガキの証拠だ。出来ねー出来ねーって初めから諦めんのもな」

間髪容れずに返してきた銀時の言葉に、紅は声を詰まらせる。
否定できなかった。

「今まで、一人も一緒に戦えなかったか?なら、何で高杉は生きてる?」
「それは…………アイツが、強かったからだ」
「お前は一度でもアイツを斬ろうとしたのか?」

答えは否。
あの、自分たち以外は敵と言う状況の中、紅は一度も高杉に攻撃を仕掛けなかった。
まるで、そうすることが当然のように。








唇を噛んで沈黙してしまった紅に、銀時はやれやれと肩を竦める。
そうしている内に、どこからともなく二人を囲うように天人の軍勢が現れた。

「暁斗」

腕を引き寄せ、自分の背中へと移動させる。
背中に庇ったわけではなく、背中合わせになるようにして、彼女の腕を離した。

「この感覚をよーく覚えろ」

背中に伝わる熱がある。
敵を斬れ、という本能は、この時ばかりは沈黙を貫いた。

「共に戦う仲間を常に意識しろ」

それだけでいい。
そう言って、彼の熱が離れた。
それを合図に、自分の前で斧を振り上げた天人の胴を凪ぐ。
馬鹿でかい図体を蹴り退けるとその向こうに居た天人の腕を切り落とした。

―――共に戦う仲間を常に意識しろ。

目でそれを追う必要はなかった。
今、銀時がどこに居るのか―――感じる。
彼が居ない所で刀を振るうのだと思えば、戦い方はとても楽だった。

「俺は…認めようとしなかっただけか…」

共に戦う仲間を、仲間と認めていなかっただけ。
戦えないと、努力することを諦めていただけなのだ。
出来たのは偶然だと思っていた―――いや、思い込んでいた。
高杉が強かったから…だから、彼を殺さずに済んだのだと。
事実から目を逸らし、子供のように耳を塞いでいた自分。
天人の血が流れる自分を受け入れてくれる者を認めようとしていなかった。
傍に近づいていながら頑なに背中を見せていた自分は、何と子供だったのだろうか。

天人の血に拘っていたのは、自分だ。











高杉は己の刀を腰に戻し、ふぅ、と息を吐き出した。
随分と遠くへ走っていったが、紅はどうしているだろうか。
一応、鬼兵隊に入ってからの初陣となる彼女。
まさか死んでいるとは思わないけれど、状況が気になるのも事実。
紅が走り去った方角を見つめた彼の耳に、小さな小競り合いが聞こえてきた。

「お前…あの時天人ごと斬ろうとしただろ!?」
「え?あー…ほら、だから言ったじゃん。間違って殺さない自信はないって」
「嘘つけ!!途中までは普通に出来てただろ!」
「偶然だって。銀時の白髪が隣に居た天人とそっくりだったとかじゃないから」
「思いっきり本音じゃねーか!!」

はいはい、と返事を返すのが面倒になったらしい紅は、軽く片目を閉じて叫びを聞き流す。
そして、顔を上げたところで、自分を見ている高杉に気付く。
彼女は笑った。

「何か、出来た―――みたい?」

状況説明には言葉が足りない。
とりあえず、どこか吹っ切れた様子の彼女に、高杉は僅かに口角を持ち上げた。
吹っ切れた彼女から獣らしさが消えたなら、彼にとって彼女は用なしと判断されただろう。
人に馴れた穏やかな獣に用はない。

しかし―――彼女は、枷を砕いた獣だ。
自由と言うそれを手にし、一層強い眼を見せている。

―――面白くなってきた。

心の中で小さく呟いた。

08.08.16