「俺って桂に似てる?」
その足で高杉の部屋へと押しかけた紅は、開口一番そう問いかける。
彼女がやってくることはそう珍しいことではない。
特に気遣う様子もなく、刀の手入れを続ける彼。
作業工程のひとつが落ち着いたところで漸く顔を上げ、紅を見つめた。
じっと見つめられた紅は、居心地悪そうに視線を逸らす。
すると、高杉は再び視線を刀へと戻した。
「似てねェよ」
「そっか。…何か、アンタにそう言ってもらえると一番納得できる気がする」
目の前の男は本音と建前を使い分けないような気がするからだろうか。
誰かに遠慮したりする事もなく、いつだって本音が聞けるから、納得できるのかもしれない。
「紅」
「ん?」
「そっちの刀、取れ」
「ん」
部屋の隅に置かれた刀を取り、彼に差し出す。
無言でそれを受け取った彼が礼を述べることはない。
もちろん、いつものことなので紅も気にしない。
「そう言えば、例の村はどうなった?」
「偵察部隊を送った。情報を持ち帰るのは…四・五日後だな。状況によっては鬼兵隊を動かす」
「俺も行くんだよな?」
紅の問いかけに、高杉は薄く笑みを浮かべる。
「当たり前だろうが。鬼兵隊の連中に朱羅の存在を焼き付けろ」
「…俺は別に名前が売れて欲しいわけじゃないんだけど…。何か、そればっかりが勝手に一人歩きしてるし」
「食われる前に食った方が勝つ。二つ名なんざ、目的達成までの経過に過ぎねェ」
二本目の刀を抜き、手馴れた様子でそれの手入れを始める。
そうして手を休めることなく、彼はそう言った。
「…ここの連中は、やたらと友好的な奴らばっかりだ。少しは疑った方が良い」
ふと、沈黙していた紅がそう呟いた。
本来は受け入れられるべき存在ではないと理解しているからこそ、無条件の受け入れに戸惑いを覚える。
ずっと独りで生きてきた彼女は、人の好意を素直に受け入れる術を忘れていた。
明るい反応を返す傍らで、いつだってその感情を拭い去れないでいる。
「…奴らは馬鹿ばかりだからな」
そう言った高杉の表情には、ある種の信頼が含まれているように見えた。
何を言っていても、やはり彼らは高杉の仲間なのだろう。
志を同じくした仲間。
紅はそっと自分の手の平を見下ろした。
人のものと何の変わりもないそれ。
しかし皮膚の一枚下に流れる血には、彼らとは相対するものが流れている。
見下ろした手の平を左の鎖骨よりも少し下辺りに押し付け、目を閉じた。
この布の下に、誰にも見せたことのない、人間との決定的な違いがある。
「高杉」
目を開いた紅が静かに彼を呼ぶ。
その声の真剣さに気付いたのか、彼が顔を上げてこちらを向いた。
「戦が始まったら…一人にして欲しい。そして出来たら、誰も来ないでくれ」
「…一人で一団と殺り合おうってのか?」
「それが出来ると言う事は、アンタも知ってるはずだ」
紅の言葉は事実だ。
彼女が一人でも百以上の敵と戦えることは、彼自身がその目で確認している。
「理由を言え」
そう言うと、彼女はそれを告げることを躊躇った。
しかし、高杉の沈黙を許さない空気を感じたのか、渋々口を開く。
「元々集団行動には慣れてないんだ。ずっと一人だったから…。
仲間だとしても、知らずに殺してしまうかもしれない」
殺さないと言う保障はどこにもなかった。
今までは、360度の全てを敵だと認識し、どの方角から迫る敵も見逃さなかった。
殺される前に殺す―――そうすることで、自分自身の命を護ってきたからだ。
しかし、そこに殺してはいけない味方が入ってしまったら?
もしかすると、と言う一瞬の迷いが、死に直結する可能性も否めない。
「―――そっか…そう、なんだ…」
何かに気付いたようにそう呟く紅を前に、高杉が怪訝そうな表情を見せる。
「駄目なんだよ、やっぱり…。俺は、誰かと戦うことを知らない。誰かと協力することは…出来ない」
向かってくる敵を殺す毎日。
そんな生活を送っていたから、誰かを頼ることも出来なかった。
仲間と戦う―――それがすぐ目の前に近づいてきて、初めてそれを想像する。
どうしても、出来ないと思った。
「…信用できない」
共に戦うと言うことは、相手を信じなければならない。
彼は絶対に自分に剣を向けない。
最低限、それだけは信じられなければ、背中すら向けられないのだ。
とてもではないけれど、出来ないと思った。
「―――信用するな」
「え?」
「聞こえなかったか?信用するな、そう言ったんだ。自分以外は敵でいい」
躊躇いもなくそう言ってのける彼に、紅は驚いたように目を見開く。
そして、でも、と声を上げた。
「共に戦うのが仲間だろ?俺は知らないけど…天人の連中も、仲間を殺されると怒るんだ」
そう言うものなんだろ、と問う。
そんな彼女の言葉を、高杉は鼻で笑った。
「そうやって信用して、裏切られたら?仲間だから大人しく殺されてやるのか?」
「裏切られる…」
「あぁ。世の中はてめーが知ってるよりもずっと酷ェもんだ」
そう言って、彼は遠い目を見せた。
彼にも経験があるのだろう、と何となくそう理解する。
「信じてやる必要はねぇ。ただ、俺達ァ利益のために集まってるだけだ」
高杉は抜き身の刀に自身の目を映しながらそう言った。
そして、その刀をトン、と紅の肩に乗せる。
冷たい刃の感触が、首筋に伝わった。
「俺の邪魔をすれば、遠慮なく殺してやる」
安心しろ。
ニヒルな笑みを浮かべる彼に、紅はここに来るための約束を思い出した。
生きる場所などどこでも構わない。
だから、生きていく意味がある間はこの男に付いて行ってみようと…そう思って、この命を預けたのだ。
「…ま、人数が減るのはこっちとしても願い下げだ。連中には近づかねェように伝えておいてやらァ」
「…感謝する。…皆が皆、アンタみたいな人だったらいいんだがな」
「馬鹿言うもんじゃねぇよ。俺が溢れた世の中なんざ、薄気味悪くてやってられねぇよ」
そう言って笑う彼に釣られるように、それを想像する。
少しだけ恐ろしいと思った。
「アンタみたいに強ければ、って意味で言ったんだよ、俺は」
紅は苦笑を浮かべながらそう呟いた。