朱の舞姫

その決意を胸に刻み込む。
気合と言う言葉からは程遠い男を前に、紅は無言で男を向き合っていた。
別に何か用事があったわけではない。
前から歩いてきた男と目を合わせた途端、それを逸らすことが出来なくなっただけ。
目を逸らした方が負け、と言うわけではないけれど…何故か、こう言う状況になっていた。
そうして過ごすこと数分。
相手の男が、あ、と声を上げた。

「高杉のお気に入りだろ、アンタ」
「…さぁ?」

何かを必死に思い出していて、漸くそれを思い出すことが出来たようだ。
ほんの僅かに、一瞬だけその目に生気が宿る。
すぐに今までの形容しがたいそれに戻ってしまったけれど。

「さぁって…自分のことなのにわかんねーの?」
「…そこで肯定したら、いかにも自意識過剰だろ」

そう答える紅に、男は確かに、と頷いた。

「所で、アンタ誰?」
「雪耶暁斗。アンタは?」

最近はスムーズに名乗れるようになった偽名を述べる。
別に本名でも構わないと言えば構わないのだが、折角だ。
女物の名前である本名を隠すための偽名なのだから、大多数が知っていては意味がない。

「坂田銀時。銀さんでも銀ちゃんでも好きに呼べよ。あ、坂田さんって呼び方は却下な。
オススメはやっぱ銀さんだけど。何か年上って敬われてる感じが―――」
「じゃあ、銀時で」
「おーい。人の話は無視か、コラ。しかも行き成り呼び捨てって何。俺の方が年上なんですけど」

銀時の声を遮るようにしてあっさりと「銀時」と呼び名を決めてしまう紅。
そんな彼女に、銀時は即座に反応した。

「高杉も桂も呼び捨てなのに、何を今更」
「いや、あいつらも心の中では不満を抱えてるんのかもしれねーよ?年上なのに呼び捨てにされて―――」

つらつらと言葉を並べる銀時の向こうを、桂が歩いていく。
それを見つけると、紅は彼を通り越して桂を呼び止めた。

「あ、桂だ。かーつらー!」
「てめ…!本っ当に人の話を聞かねーな!」

とりあえず銀時の声を無視し、紅は桂に向かって手を振る。
こちらに気付いたらしい彼は、進路を変更した。

「紅と…銀時か。どうした。珍しい組み合わせだな」
「珍しいどころか、今さっき自己紹介したところ」
「ヅラぁ。こいつ、全然人の話を聞かねーんだけど。って言うか、紅って誰」
「ヅラじゃない、桂だ。紅は紅だろう」

桂と銀時のやり取りに、紅は「あ、まずい」と思う。
そう言えば、桂に名乗った時には、まだ偽名を考えていない時だ。

「紅って言うのは俺の事。こいつに女みたいだって言われて、別の名前を考えたって訳。
ちなみに、桂。俺のことは今後暁斗でよろしく」
「ふーん…紅、ねぇ…」

銀時と桂の会話を遮るようにしてそう言えば、銀時の視線が紅を見つめる。

「女ならまだしも、男にはちょっと綺麗過ぎるな、確かに」

一見すると男なのだから、紅と言う名前は似合わない。
それは百も承知だが、しかし―――本名を否定されているように思えるのは気のせいではないだろう。

「時に、紅」
「暁斗だって言ったよな、ヅラ?」
「ヅラじゃない、桂だ」
「俺も紅じゃなくて暁斗。一度言ったら覚えてくれよ、単細胞じゃあるまいし」

そんな風に桂と言い合っていると、横から噴出すような笑い声が聞こえてきた。
忘れていた第三者の笑い声により会話を途切れさせた二人が、同時にそちらを向く。
そんな二人の反応に、忘れられていたその人…銀時が二人を指差す。

「お前ら、ちょい向こう向いてみ?」

そう言われ、二人は同時に向こう、と指された方を見る。
二人が背中を向けると、銀時はその背中に近づく。
そして、紅の髪を結い上げている紐を片手で解いた。
彼女の黒髪がサラリと重力にしたがってその背を覆う。

「何すんだ、銀―――」
「お前ら兄弟みたい」

紅の声を遮った銀時の言葉に、紅と桂が「「は?」」と声を揃えた。
思わず間の抜けた返事を返してしまったけれど、そんなことはこの際脇へと置いておこう。
彼は今、何と言った?

「銀時…笑えない冗談は止せ」
「いやだってよ…後姿がかなり似てるって」

見た目はどうだろうか。
二人とも黒髪長髪。
紅は高い位置で結い上げていて、桂は結うことなく背中に流している違いはあるけれど、背格好はよく似ている。
髪型を揃えてしまえば、銀時の言葉も頷けるところだ。
眉を顰める桂に対し、紅は背中の髪を集めて前へと流し、それを指先で弄っている。

「いや、見た目とか性格とかじゃなくて…こう…魂的なもん?」

ザクッと何かを切る音がした。
銀時と桂が音の方を見る。
木目の見える床の上に、黒髪が落ちた。
どこから取り出したのか、右手に短刀を持ち、左手に切ったばかりの自分の髪を握り締める紅。
綺麗な黒髪が肩の辺りまでざっくりと短くなった彼女に、銀時が口元を引きつらせた。

「…おいおい。何も切る事はねーだろ」

彼の言葉に、紅はニコリと笑うが、返すのは無言。
彼女は自分の手にある髪を一瞥すると、そのまま踵を返して歩いていった。
残された二人を微妙な空気が包み込む。





「え、ちょっと…あれって俺の所為!?」
「…当然だろう、銀時。お前が煽った所為だ…」
「………って言うか、ヅラ…お前、何か落ち込んでねぇ?」
「ヅラじゃない、桂だ。………切るほど嫌なのか…」
「…落ち込むなって。人と同じが嫌な年頃なんだよ、アイツは」

目に見えて肩を落とした桂に、銀時は励ますようにその肩をポンポンと叩いた。
それから、床に落ちている紅の髪を拾い上げる。
そして、ふと思った。

「あれ?原因が俺だとしたら…俺、ちょっとヤバくね?」

高杉のお気に入りだと言う事を思い出した銀時は、ハハ、と乾いた笑い声を発した。

08.08.02