朱の舞姫

切り落とした砲台の上に座るようにして、弾んだ呼吸を整える。
すでに、この場で生きているのは二人だけとなっていた。

「…アンタ、強いな」

砲台に凭れかかるようにして、男と同じく息を落ち着かせようとしていた紅。
肩にかかった黒い尾をピンと背中に弾き、自分よりも高い位置にいる男に視線を向けることなく意識する。
彼は紅を一瞥すると、僅かに口角を持ち上げた。

「…てめーの腕も悪くねェ」
「そう言ってもらえると、光栄だ」

そう答え、紅は抜き身のまま右手で握り締めていた刀を鞘へと納める。

「所で、こんな辺鄙な場所に何用で……いや、質問すべきことが違うな。俺に何の用だ、と問うべきだ」

人を巻き込むことを避け、出来るだけ人気のない場所を拠点にするようにしている。
そんなところに好き好んでやってくるのはよほどの馬鹿か、もしくは彼女に用があるかだ。

「『朱羅』の噂を聞いたんでな。…てめーの事だろ」
「…これだけ派手な殺り合いを見られたんじゃ、否定は無駄だろう」

瞼を閉ざしたまま、紅は薄く笑った。
戦闘が終わってから、彼女はずっと目を閉じたままだ。
初めこそ、呼吸を落ち着かせるためだと思っていたが、こうも長いと別の理由を考えてしまう。

「…おい」

名も知らぬ彼女を呼ぶ。
しかし、彼女が目を開くこともなければ、その顔をこちらに向けることもない。

「おい」
「…その声…どこかで聞いたことがあると思ったんだ」

ふと、紅がそんな言葉を漏らす。

「鬼兵隊の頭…だね」

どこかで見たことがある動き。
どこかで聞いたことのある声。
記憶の片隅に、それは残っていた。


以前拠点を移している最中に、とある場所で戦を見た。
高い崖の上から見下ろす形で、戦況を見極めるには最高の場所。
そのすぐ真下で指示を出していた男。
それが軍の頭だと言うことは、その男の存在感からも明らかだった。
それから暫くして、状況が傾きだした時―――男は己の刀を手に、乱闘の中へと身を投じた。
単身斬り込んで行くその力に、目を離せなくなる。
あれが、魅せられた、と言う状況だったのだろう。







「そんなお頭さんが俺に何の用が?」

彼が天人だというならば、用があってもおかしくはないかもしれない。
同胞の仇、と呼ばれるには十分な事をしてきた覚えがある。

「鬼兵隊に興味はねぇか?」
「…悪いが、義勇に興味はない」
「ほぉ…なら、何故天人の連中を斬る?」

彼の言葉に、紅は口を噤んだ。
何故―――そんな理由は、とうの昔に忘れてしまった。

「始まりは…母親の仇、だったか」
「仇…?」

そんな理由で動く人間には見えなかったのだろう。
男の声は、納得できないと言いたげだった。
そんな彼の声にふと笑みを浮かべ、紅は彼を仰ぐ。
そして、ゆっくりと目を開いた。

「…その眼は…」

血を落としたような朱の眼。
人ならぬ、縦に裂けた瞳孔。

「俺は天人と人間の混血だ」

そう告げる彼女に、男は眉を顰めた。
しかし、ふと思う。
廃屋の中で一瞬目があった時、彼女の眼はこんなにも赤かっただろうか。
その疑問に気づいたのか、紅は軽く瞼を伏せた。

「興奮すると赤みが増す。瞳孔は普段からこうだが…赤みが増すと目立つんだろう」

先ほどから目を見せないようにしていたのは、それが理由なのだろう。
この目を見てしまえば、誰でも純粋な人間であることを疑う。
それ以外は人間と何も変わりないように見えるのに、そこだけが異様なまでの存在感を発しているのだ。

「…てめーはどっち側だ?」

ふと、男がそう問いかける。
紅は隠すこともなく彼を見上げ、きょとんと目を瞬かせた。

「どっち側も何も…否応なしに、天人の敵にされてるよ。自業自得と言うべきだろうけれどね」

朱の眼を持つ修羅。
そこから『朱羅』と変わったらしいが、誰が言い出したのかは知らない。
しかし、朱羅が天人の敵であり、天人にとっては勢力を挙げて取るべき首の持ち主だと言う事は事実。
どちら側、などと選べるはずがなかった。

「これからもずっと独りで天人を相手に殺り合ってくつもりか?」
「そう…なるだろうね」
「なら、来い。殺り合う場所が変わるだけだ。てめーに制限をかけるつもりはねぇ」
「………………」

紅はすぐには答えを出さず、ふと彼から視線を逸らす。
そこここに転がっているもの言わぬ骸を見つめ、息を吐き出した。

「この身体に流れる血はこいつらと同じだ。それを理解した上で、そう言っているのか?」
「二度は言わねぇよ」

そう言ってからは口を噤んでしまう彼。
即決できるほどの情報を与えてくれないのに、選ぶことを信じて疑わない強い姿勢。

「…一つ。約束が欲しい」

彼の視線が「言ってみろ」と紅を見下ろす。

「生きる意味を失った時、アンタが殺してくれるなら」

付いていってもいい。
声には出さず、目でそう告げる。
今は何の問題もないと思っていても、いつかこの身に流れる血を疎ましく思う日が来るかもしれない。
もしそうなった時―――この男が始末をつけてくれると言うならば。
一匹狼として生きてきた暮らしにピリオドを打つのも悪くはない。

「…上等だ」

整った顔立ちの男が、口元に笑みを浮かべる。
口先だけではない。
彼は、この約束を確実に守ってくれるだろう。
見知ったばかりだが、そう確信できる自分に、心中で苦笑を浮かべる。
朱が落ち着いた目を細め、小さく微笑んだ。

08.07.30