空色トパーズ
Target  --019

西暦を含めた日付や、現在のマフィアの情勢。
白蘭は、聞いてもいない情報を次から次へと紅に与えた。
何も考えていない行動と言うよりは、寧ろ裏があると取るに十分なそれ。
訝しげに警戒しつつも、与えられる情報から今の状況を理解するほかはない。
紅は一つも聞き漏らすまいと沈黙し、彼の話に耳を傾けた。
淡白な顔色が変わるのはどこなのか―――白蘭もまた、一つも見落とすまいと紅を見つめる。
そうして淀みなく語る事、1時間。
漸く、待ちに待ったその時が訪れた。

「ボンゴレ10世…」

繰り返した紅の声が震えていた。
その変化に気付くも、顔色一つ変えない白蘭。
そうだよ、と頷き、彼は続ける。

「知ってる?10世の名前は…沢田、綱吉」
「…ええ」
「って言う事は、これも知ってるんだね。彼、この間死んだんだ」

事も無げに告げられた事実を理解できなかった。

「―――え?」

時間が止まったかのように表情を凍りつかせる彼女に、これだ、とほくそ笑む。
この表情が見たかった。

「死んだんだよ、彼は。もうこの世界にはいないんだ」

折角知っている人がいたのに、会えなくて残念だね、とか。
ボンゴレが一番だった時代なんて、昔の事なんだよ、とか。
続く言葉は全て、右から左へと流れていく。

―――綱吉が、死んだ?




ここは10年後の世界で、紅たちの進む未来で。
今、中学生の彼は、10年後…命を、落とす?

脳が理解する事を拒んだ。
身体が震えだすのを感じ、そっと自分の肩を抱く。
紅、と呼んでくれる彼の笑顔が、遠い記憶に思えてしまう。

「紅ちゃん?どうしたの?」

白々しい表情で問いかけるけれど、彼女の反応はない。
壊れちゃったかな?とあまりの脆さに失望を抱きそうになったところで、彼女の唇が震えた。

「行かなくちゃ…」
「どこに?」
「彼らと、会わなければ…」
「どうして?」
「だって、あの子は、私の…っ」

私の―――何?

自分自身への問いかけに、言葉を飲み込んだ。
私の…何なのだろう。
私の弟―――それが正しいはず。
それなのに、唇が無意識に刻もうとした言葉は、別のものだった気がする。
自分の言葉に対する困惑を浮かべる紅。

「紅ちゃん」
「え、あ…ごめんなさい」
「君はボンゴレなんだね」

最早、問いかけの形ですらない言葉だ。
笑みを深める白蘭に対し、紅は目を見開く。

「大丈夫。初めから、知った上でここに連れてきたんだからね」
「…どうして?」
「ボンゴレの“姫”が目覚めた世界は初めてだ。ここなら、僕の悲願も達成できる気がするよ」

“目覚めた世界”と言う言葉に違和感を覚える。
それはまるで、目覚めなかった世界があり、更に彼がそれらを知っているかのような言葉だった。

















「リボーン。ボンゴレの“姫”について知ってるんだろ?」

誰もいなくなったキッチンで、ツナはついにその口を開いた。
皆の前で聞くに相応しい事ではないような気がして、今までずっと黙っていたのだ。
最後まで残ったところを見る限り、リボーン自身も思う所があったのだろう。

「…ラルから何か聞いたか?」
「聞こうと思ったタイミングで邪魔が入って聞けなかった」
「そうか…」

何かを考えるように、リボーンは子供らしい長さの足を組み直す。

「どうやら、この世界の“姫”は眠ったままらしいな」
「…“眠る”…?」
「ああ。本部の地下で目覚めの時を待つ―――代々、指輪と共にボスに伝えられてるらしいな」

俺も、詳しい事は知らねぇ。
リボーンの表情を見れば、その言葉に偽りがない事はわかる。

「眠るって、いつから?何のために?」
「さぁな。ただ一つわかってるのは…誰よりも“姫”を愛してたのは、初代だってことだけだ。
あの空のリングは“姫”のためだけに作られたリングだからな」

初代―――ボンゴレ1世。
そのキーワードを呟き、ツナは黙り込んだ。
数少ない情報の中から、必要な答えへと辿り着かなければならないのだ。

「…本部の地下で眠ってた、って事は…」
「恐らく、そうだぞ」

故障しているとは言え、この世界にやってきた原因は10年バズーカ。
それは、10年後の自分と入れ替わるもの。
つまり―――この世界の“姫”がボンゴレ本部の地下で眠っていたのだとすれば。

「紅はイタリアだ」

決定的な言葉と同時に、ガタン、と椅子を鳴らすツナ。
行かなきゃ―――熱に浮かされたように呟く彼の背中に、間髪容れずにリボーンの鋭い蹴りが入った。

「お前も聞いただろ。本部は二日前に壊滅状態だ」
「だからだよ!!そんな場所に紅がいるなんて…助けなきゃ!!」
「落ち着け、ツナ。お前が行ったところで―――」
「煩いっ!!」

背中を向けたままのツナが声を荒らげた。
リボーンに対してこんな風に声を大きくする姿は少ない。
驚くリボーンだが、ツナの拳が震えるほどに強く握りしめられている事に気付き、口を噤んだ。

「わかってる。俺が行ってどうなる問題なら、そもそも壊滅になんてならない。だけど…不安なんだ…!
何だよ、ボンゴレの“姫”って。紅は紅だ。姫なんて関係ない。…関係、ないのに…」

一目だけでもいい。
彼女の無事を確かめたい。
一声だけでもいい。
ただ、綱吉と呼んでくれれば、それで。

それなのに―――彼女は、ここにいない。

無関係だと肯定する事実はなく。
あるのは、紅と“姫”を結ぶ不確定な情報だけ。

「少しは寝ておけよ」

そう言うと、リボーンはツナを残してキッチンを後にした。






「………紅」

不安なんだよ。
紅と“姫”を結んでしまうと、俺の知る“紅”が消えてしまう気がして。
この世界には、君が存在した証拠が何一つ存在しないから。
折角再会できた君が、まるで霞みたいに消えてしまう気がして…とても、怖いんだ。

11.05.03