空色トパーズ
Target  --018

にこりと笑顔を深める男。
紅の第六感が、全細胞が―――警戒しろと、叫んでいた。

「ねぇ」
「…何?」
「こんな所まで入り込めって命令は出してなかったと思うんだけど…君はどこの所属?」

恐らく、この男は紅が敵だとわかっている。
その上で、まるで味方が“不注意で”迷い込んだかのように接しているのだ。
紅はどう答えるべきかと唇を結んだ。

「じゃあ、質問を変えよっか。君はボンゴレの“姫”の部屋に何の用?」
「ボンゴレの…姫…?」

聞いた事がない―――そう思ったところで、違う、と脳内の一部がそれを否定した。
昔…聞いている。

―――探せ!“姫”だけは無傷で助けるんだ!!

古い記憶の声が、脳内を過ぎる。

「“姫”について…何か知ってるんだね」
「っ!!」

すぐ前で聞こえた声に、ハッと我に返る。
ぼんやりしたのは、ほんの2・3秒だ。
その短い間に、男は紅の目の前までやってきていた。
変わらぬ笑顔でそう言うと、彼は開かれたままのドアから室内を見る。
主を失ったベッドだけがぽつりと置かれた、無機質な部屋。

「そっか…知ってるんじゃなくて―――」

頭の奥の方で警鐘が鳴り響く。
敵を前にして思考に耽るなんて―――8年間何をしていたのか。
そう、自分を叱りつけたいと思ったのは、首の後ろに衝撃を感じて、意識が闇へと沈む直前。

「君が、“姫”なんだね」

男の声は、紅の耳には届かなかった。














「紅さんも一緒に?」

10年後の獄寺と入れ替わった、ツナもよく知る彼。
八つ橋を食べつつ、一緒に来た紅の事を話した。

「うん。俺と一緒に10年バズーカに当たったから、こっちに来てる事は間違いないと思うんだけど…」
「10年後の紅さんのいた場所によっては、ここに居なくても不思議じゃないですね」
「…だよね」
「大丈夫、すぐに会えますよ!俺も手伝います!」

普段は強引過ぎる彼に若干引いてしまうツナだが、こう言う時の獄寺は頼りになると思う。
ありがとう、と言うと、彼は照れたように「右腕として当然の事」と拳を握るのだ。
10年後の自分が棺桶の中だった事は、今はどうでもいい。
とにかく、紅を見つけて、彼女が無事だと確認したかった。















意識が浮上する。
瞼を開いた先は眩しくて、反射的に手をかざして日差しを避けた。

「あぁ、目が覚めたんだね」

そんな声が聞こえ、表情ごと身体を強張らせる紅。
夢ではなかった―――聞き覚えのある、声。
ゆっくりと視線を動かした先に、彼がいた。
向かい側に座り、手に包帯を巻いている。
その顔は、やはり笑顔だった。

「よく眠っていたよ。疲れてたのかな?」

彼がそう言ったところで、ガタン、と小さな揺れが伝わった。
そこで漸く、自分が車の中にいるのだと気付く。
身体を起こした紅は、彼から距離を取るように背もたれに身を沈めた。

「僕は白蘭。君の名前は?」
「………紅、よ」
「紅ちゃんか。よろしくね」

包帯の端を始末した彼は、包帯を巻いていない方の手を紅へと差し出す。
もちろん、握手を求められている事はわかったが、それに応じる筈はない。
暫く無言の時間が流れ、白蘭が手を引いた。
紅は彼を警戒しつつ、窓の外を流れる風景を見つめる。
残念ながら、車は見覚えのある道を通っているわけではないようだ。
もしかすると、既に知った道を通った後なのかもしれないけれど。

「どこのファミリー?」

紅はそう、問いかけた。
白蘭はその笑みを深くし、口を開く。

「ミルフィオーレって知ってる?」
「…いいえ」
「そっか。これでもボンゴレと並ぶくらいには大きくなったつもりなんだけどな」

その一言で、ここが未来の世界であると確信した。
紅の知る中で、ボンゴレと並ぶ大きなファミリーの存在は聞いた事がない。
それは、紅の知らない世界である事を意味していた。

「でもまさか、“姫”に会えるとは思わなかったよ。大きすぎる収穫だね」
「………」

彼と会い、何度も耳にする“姫”と言う言葉。
聞きたいけれど、聞いてはいけないと警告する自分がいる。
口を噤む紅を見て、彼はその反応を楽しんでいるように見えた。

「自分は違う―――なんて事は、言わないよね。その指輪が間違いなく君が“姫”だって証明してる」

細められた目は、どこか寒気を感じさせる鋭さを帯びていた。
言葉に促されるように胸元に視線を落とした紅は、そこにぶら下がる指輪に手を触れる。
これが何の意味を持つのか、深く知っているわけではない。
けれど、重要な意味を持つと言う事だけは理解していたから、てっきり奪われてしまったと思っていた。
今も尚、自分の手元にあるのを見て、少し信じられない気分になる。

「違うよ」
「え…?」
「奪わなかった事が不思議なんでしょ?」

思考を読み取ったかのようなピンポイントな会話。
思わず身を強張らせる紅の眼前に、包帯を巻いた手が差し出された。
握手を求めるものではなく、手の平を彼女の目の前にさらけ出している。

「これ、その指輪の所為なんだ。持ち主以外には触れないみたいだね」

また一つ、疑問が放り込まれた。













「紅、だと…?」

野宿をすると言った女性、ラルと共に火を囲み、漸く口にできた紅の事。
彼女が敵か味方かわからない間は、紅の名を口にするのは躊躇われた。
門外顧問の組織に所属していると聞くまでは。
もちろん、獄寺もツナの意思を汲み取り、自らが口にする事はなかった。

「そんな女は知らん」

ラルは興味なさ気に淡々と答える。
言葉を失う獄寺の隣で、ツナは眉を顰めた。

「じゃあ、あなたは紅の何を知ってるんですか?」
「…どう言う意味だ?」
「知っているんですよね、紅が“女”だって」

紅と言う名は女性に多い名であることは確かだが、音だけを聞くならば男性の名として使われても不思議ではない。
つまり、ラルにはそれを即座に“女”と理解できる知識があるのだ。
ツナの言葉に、彼女は黙り込んだ。

「俺は、10年後の紅を見た事がある。どこかに存在してるはずなんだ」
「…10年バズーカで飛ばされる未来は一つではない。女一人の存在、消えたところで不思議ではないだろう」
「うん。そうかもしれない。でも、あなたは何かを知ってる」

だから、教えてほしい。
そう言ったツナの目に映るのは強い意志。
先ほどまでの弱気な彼とは比べ物にならない強い目に、ラルは軽く目を見開いた。
こんな目をする男だったのか―――ラルの中で、ツナに対する印象が変化を始める。

「…沢田綱吉の傍で聞かない名である事は確かだ」
「じゃあ、どこで聞いたんですか?」
「………紅は―――ボンゴレの“姫”の名だ」

「…………プリンチペッサ…?」
「Principessa、日本語では、姫っつー意味ッス」

ツナの疑問に答えたのは獄寺だ。
彼を振り向いたツナは、その真剣な表情を目の当たりにし、彼もまた何かを知る一人なのだと悟る。

「知ってるの?」
「…噂程度です。詳しい事は全く」

すみません、と申し訳なさそうな表情を浮かべる彼に首を振る。
そして、改めてラルの方を見た。
彼女は何かを思い出すように目を細め、そっと空を仰ぐ。

11.03.26