空色トパーズ
Target  --015

変化はあった。
周囲の人は気付かないような変化だっただろうけれど、本人たちは確かにそれを自覚している。
まず、ツナは前以上に紅に優しくなった。
目が合うだけで穏やかに笑い、母に頼まれた買物だって付き合ってくれる。
普段から優しい子だと知っていたけれど、それがより顕著になったと言えるだろう。
もちろん、変化は紅にも訪れていた。

「あ、紅。どこかに行くの?」

自室を出たところで、ツナと鉢合わせた。
彼は紅の格好を見て、外に出かけると思ったようだ。
家の中だというのにトレンチコートを着ていれば、誰でもそう思うだろう。

「ええ。この間、ランボにアイスを買ってあげるって約束したから」
「そうなんだ?」
「ついでに、夕食の買い物をしてくるわ」
「そっか。…まだ暗くないけど、気をつけてね」

ツナはにこりと笑って紅に廊下を譲った。
彼は毎回買い物に付き合うわけではない。
それをすると、紅が気にしてしまうとわかっているのだろう。
コートに入った財布を確認して彼の横を通り過ぎる紅。
そのまま階段を下りていくところまで見送ろうと思っていたツナは、ふと紅が足を止めたことに心中で首を傾げた。
振り向いた彼女は、少し悩んでいる様子で僅かに俯いている。

「…紅?」

どうかした?と声をかけようとしたところで、彼女が顔を上げた。

「綱吉、今から忙しい?宿題とか」
「え、いや…大丈夫だよ」

咄嗟に今日の授業で出された宿題を思い出す。
確かに少なくはないけれど、内容的にはそう難しいものでもなかった。
忙しいと言うほどではなく、ツナはすぐにそう答える。

「じゃあ…買い物、一緒に行ってくれる?」

一瞬、返事までに間が空いてしまう。
今まで何度か彼女の買い物に付き合ったけれど、それはあくまで自分が声をかけた結果だ。
彼女からそう頼まれるのは、これが初めてのこと。
思わず言葉を失って、そして返事をしなければと我に返る。

「も、もちろん!」

つい強めに答えてしまったけれど、彼女は気にした様子もなく、よかった、と微笑む。

「えっと…待ってて、着替えてくるから!」
「うん。下で待ってるわ。…急がなくていいからね?」

部屋に走りこんでいきそうなツナに、紅は苦笑を浮かべてそう言った。
そして、彼女が階段に向かって歩き出すと、彼は足早に自室に駆け込む。
制服をベッドの上に脱ぎ捨て、私服に袖を通す。
そのまま部屋を出ようとして、頭の片隅の冷静な部分がその足を止めた。
振り向いたベッドには、そのまま放置すれば皺になることは明らかな制服が放り投げられている。

―――三年間お世話になる制服なんだから、大事にしないと駄目よ。

以前、脱ぎ捨てた制服を見た紅にそう咎められたことが脳裏を過ぎった。
ツナの足は考えるまでもなく踵を返し、制服をハンガーにかける。
最後に皺を伸ばして壁にかけてから、よし、と頷いてドアへと向かった。











「…これを一人で行こうと思ったの?」

買い物メモを見たツナは、思わず眉を顰めてしまった。
そんな彼の反応も無理はないと、紅は苦笑を浮かべる。
元々、このメモはツナを連れて行くこと前提で書かれているのだから当然なのだ。

「最近よく荷物持ちに付き合ってくれてるから、あんまり頼むのも悪いかと思って。
ほら、勉強時間だって減っているでしょう?」
「そんなの気にしなくていいから」
「…うん。ありがとう」

そう言うと、紅はごく自然にその視線をツナから外す。
彼女に訪れた変化は、これだ。
ふとした時、紅はツナの顔を見ていられなくなる。
言い方を変えれば、意識していると言えるだろう。
よくこうして視線を逸らしてしまう彼女の行動。
それは、ツナ自身も何となく気付いていた。
時折、彼がその横顔を寂しげに見つめているのだが、彼女はそれを知らない。

「…この材料だと、今日は鍋なのかな」

その場の空気を変えるように、ツナがメモを見ながら声をかける。
そうなの?と呟いてから内容を確認するように横からメモを覗きこむ紅。
ふわりと彼女の香水の匂いが鼻先をかすめて行く。
思わずツナの身体が緊張したけれど、幸い彼女は気付かなかったようだ。

「そうね…そんな感じがするわ。今日は肌寒いし、丁度いいわね」
「う、うん。そうだね」

今度はツナの方が視線を逸らさなければならなかった。
だが、丁度よくスーパーに到着したため、その行動はあまり不自然にはならなかったようだ。
カゴとカートを用意して紅の隣に並べば、彼女は笑ってお礼を言う。

「とりあえず…調味料から見に行きましょうか。重くなるだろうし」
「順番は紅に任せるよ。俺にはよくわからないし」
「そんな事言って。買い物も満足にできないようじゃ、京子ちゃんに振り向いてもらえないわよ」

からかうような軽い口調の言葉に、ツナが「え?」と声を上げた。
そんな彼の反応に、三歩先を歩いていた紅が振り向く。

「何で京子ちゃん?」
「リボーンがそう言っていたけど…違うの?」
「ち、違うよ!!いや、前はそうだったかもしれないけど…!」

完全否定してしまえないのは、紅に嘘がつけないからだろうか。
わざわざ自分から暴露する必要はないのに!と思いつつも、言ってしまったものは取り消せない。

「とにかく…違うから。リボーンの奴、何を勘違いしてるんだか…」
「…何もそんなに必死にならなくても…綱吉がそう言うなら信じるわよ、私は」
「紅…」
「綱吉は嘘を言わない子だもの」

そう言って笑顔を残し、紅は乳製品のコーナーへと視線を向ける。
置いて行かれないようにと、ツナもそちらに急いだ。
そうして近付いてきたツナを振り向き、じっと見つめる紅。
そんな彼女の視線に、彼は戸惑うような表情を見せる。

「何?」
「ううん。喜ぶべきじゃないかもしれないけど…一安心だなって」
「え?」

彼女は今、何と言ったのだろうか。
思わず彼女を凝視するツナ。
紅はふふ、と笑って口を開いた。

「だって…もしツナが京子ちゃんにアタック中なら、こんな風に買い物に付き合ってもらうと悪いでしょう?
変な誤解をさせたら大変だし。そう考えると、良かったなって思うのよ」
「あぁ、うん…そう…だね」

一番振り向いて欲しい人は何だか違う事を考えているみたいだけど。
そう思いつつも、自分の言うままを受け入れて、安心だと言ってくれる事が嬉しいと思う。

「…重傷だなぁ、俺」

自嘲気味のツナの呟きは、チーズを見比べている彼女の耳には届かなかったようだ。

10.03.08