空色トパーズ
Target --014
「ねぇ、リボーン?」
紅はスカートから伸びる足を組み替えながら、正面に座るリボーンを呼ぶ。
エスプレッソが飲みたいといった彼を連れ、商店街近くの店にやってきた。
平日の昼前という事もあり、店の中はガランとしている。
店を管理する店主も、二人が馴染みの客である事から時々裏に姿を消していた。
「何だ?」
「綱吉、最近変わったわね」
あなたのお蔭?と首を傾げる。
リボーンは彼女の問いかけに答えず、カップを手に持った。
「何て言うのかしら…精神的に強くなったと思うの。肉体的にも強くなろうとしているみたいだけど」
「そうだな。紅がいなかった頃よりは真面目にやってるぞ。学校の成績も上がったしな」
ツナの成績は、今や学年でもかなりの高位置だ。
周囲に不信感を与えないように、日常生活では多少馬鹿をやることもある。
だが、学業面では真面目になった。
二度、三度と好成績が続けば、彼を馬鹿にしていたクラスメイトとてカンニングを疑い続けられない。
最近は「どこの家庭教師を雇ったんだ?」と聞かれる事もあるらしい。
喜んで紹介するよ、と呟いたツナが、リボーンに腕を捻り上げられていたのはまだ記憶に新しい出来事だ。
「…綱吉、好きな子がいるんじゃないかなぁって思うんだけど…どう?」
紅の問いかけにリボーンが一瞬だけ動きを止めた。
けれど、カウンターに視線を向けていた彼女はその事に気付かない。
まだ気付いてなかったのか、と少し意外に感じつつも、リボーンが口を開く。
「いるぞ」
「やっぱり、そうなのね」
短い返事に紅は嬉しそうな声を上げた。
その表情に戸惑いやショックはない。
弟の成長を喜ぶ姉の表情を目の当たりにしたリボーンは、ツナが少しばかり気の毒に思えてきた。
「あの子は良い表情をするようになった。相手はどんな子か知っているの?」
「…晴れの守護者の妹だ」
ツナ本人に聞かれれば、昔の事を!と怒るだろうけれど、あえて言っておく。
紅は少しだけ悩んでから、京子ちゃん?と確認した。
「へぇ…あの子なの。うん、悪くないわ」
そんな事を呟いていた紅が、不意に顔を上げて真剣な表情でリボーンを見た。
「あの子は“知っている”の?」
「…いや」
知っている―――それは、マフィア関連の事だ。
継ぐも継がぬもツナの自由だと思っているけれど、今現在関わっている事に変わりはない。
それを知らないという事は…それだけで、ハードルがぐんと上がってしまうような気がした。
「…前途多難ね」
ツナの性格を考えれば、まず巻き込みたくないと考えるだろう。
しかし、もしこのままツナがマフィアと繋がりを持ち続ければ、京子の存在が彼の弱点になる。
巻き込まずに全てを解決できればそれに越した事はないけれど、それが難しいという事を紅は知っていた。
「ま、あんまり紅が悩む必要はねぇぞ」
「………そうね。私が悩んだところでどうなる事でもないし」
そう頷き、紅はテーブルの上のカップに手を伸ばす。
香りの良いコーヒーが舌の上を滑っていった。
少しの間、二人の間に沈黙が降りる。
先ほどまでカウンターで動いていた店主は、いつの間にか奥に消えていた。
「お前は…」
「うん?」
ポツリ、とリボーンが話し始めた。
彼らしくない控えめな声に、紅が視線を向ける。
「お前は、いつもツナの事ばっかりだな」
リボーンにそう言われ、紅は即座に答えを返せなかった。
違う、そんな事はないと否定出来なかったからだ。
「いつまでもあいつのお守りばっかりしなくていいんだぞ」
「…綱吉には迷惑…かな?」
「いや、そんな事はねぇ。でも、紅は自分を二の次にしすぎる」
「そんな事は―――」
「紅」
紅の否定の言葉を遮り、リボーンが彼女の名前を呼ぶ。
その声があまりに真剣みを帯びていて、彼女は思わず口を噤んだ。
目の前にいるのは赤ん坊ではない。
ボンゴレ最強と謳われたヒットマンのリボーンだ。
「逃げるな。真剣に考えるんだ」
「……………」
「何を考えるべきなのかは、お前が一番よくわかってるはずだぞ」
彼の言葉一つが、紅の胸に突き刺さる。
痛みを伴う事はない。
けれど、否応無しに考えさせられる。
―――このままでいいの?
内なる声が聞こえるような気がする。
「ねぇ、リボーン。…普通って、何なのかしら?」
諦めたように、そう話し出す紅。
「あの世界にいると、普通がどう言うものなのかがわからなくなる。私は…何をすべきなの?」
「…それを決めるのは自分だ。何も考えたくないなら、俺に寄りかかるか?」
冗談ではなく本気でそう言っているリボーンに、紅は苦笑を返した。
「愛人として?」
「紅なら正妻でもいいぞ」
「…冗談じゃない所が困るわ。でも…そうすれば楽だって事はわかる。あなたは凄く紳士的だから」
紅が寄りかかる事を決めればきっと、自分の全てで守ってくれる。
何かに悩む事もなく、たとえ悩んだとしてもすぐに差し伸べられる手。
優しく、真綿で包まれるように大切にされる心。
彼は、それを信じられる男だった。
けれど―――
「…ま、頷くとは思ってねぇけどな」
「リボーン…」
「いつまでもお守りをしてるつもりなら、その内問答無用で俺の隣に置くぞ。少しは自分の幸せも考えろよ」
「…そうね。考えて…みるわ。答えが見つかるかどうかはわからないけれど」
そして、タイミングを見計らったように店主が帰ってきて、この話は名残も残さず幕を下ろした。
10.04.10