空色トパーズ
Target --013
なんて最悪なタイミングで登場するんだ。
ランボの持つ10年バズーカが発射され、それを追った先に紅が見えた時には、全身の血が引く思いがした。
身体に害はない。
ただ、10年後の自分と入れ替わるだけ―――わかっているけれど、彼女がそうなることへの不安。
「紅!!!」
ボフンと爆風に包まれてしまった彼女を呼ぶ。
煙が晴れたそこにいたのは、ツナの知る紅ではなかった。
「あら、懐かしい」
目の前でそんな風に暢気な感想を零したのは、間違いなく紅だ。
ただし、彼女は10年後の姿である。
顔立ちから幼さが抜けて、女性と呼ぶに相応しく控えめながらも化粧をしているようだ。
髪は肩を超えるほどの長さで、裾がふわりと大きく巻いてある。
今の紅でも十分背は高いけれど、10年後の彼女は更に10センチほど高くなっていた。
身体のラインも女性らしく―――とそこまで観察してしまったところで、ツナは慌てて視線をそらした。
「ツナの馬鹿ー!!!」
うわああ、と泣くランボの声が耳に痛い。
走り回って部屋の中を荒らすランボを叱ったのだから、自分に非はない。
だが、こうも思いっきり泣き喚かれると、悪いことをしたような気分になってしまう。
「ごめんってランボ!言い方がちょっときつかったよな」
「うわあああん!!」
相変わらず泣いているランボには慰めの声は届かない。
どうしようか、と思ったところで、視界の端にいた紅が動いた。
「ほら、ランボ。飴をあげるわ」
「あめ?」
「ええ。泣き止んでいい子に出来る?」
指先でつまんだそれをランボに見えるようにして、紅がそう問いかける。
頬を涙で濡らしながら、ランボは小さな手を差し出した。
「ランボさんいい子!」
「そうね」
いい子、と頭を撫でて飴を渡すと、ランボは先ほどまで泣いていたことも忘れて楽しそうに声を上げる。
そして、飴を持ったまま部屋を飛び出していった。
おそらく下にいるイーピンにでも自慢するのだろう。
バタン、とドアが閉じる音がして、ツナは漸く終わったと脱力した。
「苦労しているのね」
「まぁ、ね」
「ふふ。こういう綱吉を見るのは何年ぶりかしら。懐かしいわ」
口元に手を当ててくすくすと笑う彼女。
ここに来て、ツナは漸く10年後の紅が目の前にいるのだということを思い出し、実感した。
「10年後の俺はランボに苦労させられてない?」
「ええ、もちろん。10年後のあの子を知ってるでしょう?…まだ少し頼りないけれど」
「はは…確かに」
脱力したまま足を投げ出して座っているツナ。
そんな彼を横目に、紅がカレンダーのところへと近付いた。
派手ではない一色でマニキュアを塗った指先で日付をなぞる。
「そっか…今日だったのね」
「何が?」
「…そうね。あなたには話しておこうかしら」
カレンダーから視線を外した紅は、ベッド付近に歩いてから「座っても?」と尋ねた。
頷くツナの返事を聞いてから腰を下ろし、彼を見る。
「ねぇ、綱吉。守るという約束は…本気?」
「え?そりゃ…もちろん」
「…“私”が好き?」
紅が問いかける。
言葉を理解すると同時に頬に熱が集まる。
面と向かって、それも本人に尋ねられて冷静に答えられるほど大人ではない。
「………誰よりも、守りたい…よ」
「うーん…まぁ、合格点、かな。それを聞くべきは私じゃないものね」
満足げに微笑んだ彼女。
「10年前、私も綱吉…あなたの10年後と会ったわ。…この時が初めてなの」
「初めて?」
そう尋ねるツナに、紅は悪戯めいた表情を浮かべた。
「あなたが弟じゃないと思ったのは」
弟―――本人の口からそれを聞くのは、中々苦しい。
ツナの知る紅は、自分を弟としか思っていないと言う事が、本人の口から明らかになったようなものだ。
僅かに肩を落とした彼を見て、紅が困ったような表情を浮かべる。
「落ち込まないで。言ったでしょう?この時初めて、弟じゃないと思ったの」
「………」
「言い方を変えましょうか?初めてあなたを…異性と意識したわ」
穏やかに微笑んだまま告げられる言葉の数々。
どこをどう伝えれば彼が理解できるのかを、彼女はよくわかっている。
すとんと落ちてくる彼女の言葉に、ツナはじっとその目を見つめた。
「こんなことでもなければ、あなたはずっと私の弟だったと思う。けれど、今日があるから…動き出すわ」
「…何が言いたいの?」
「10年後の今日…頑張って私をときめかせてね、って話」
無茶を言わないで、とは言えなかった。
時計を見ればもうすぐ5分。
「紅。一つだけ、聞きたい」
もう時間がないと悟ったツナは、ベッドに腰掛ける紅にそう言った。
彼女は彼の心中を察していたのか、何?と尋ねる。
「紅は今…幸せ?」
それだけは、聞いておきたかった。
恐らく10年後も傍にいるであろう自分は、彼女を幸せに出来ているのだろうか。
紅が答えるまでの時間が、とても長く感じた。
「幸せよ。他でもない…あなたのお蔭で。だから、安心していいわ」
そう答えて、彼女はツナの額にそっと口付けた。
にこり、と微笑む彼女の笑顔を最後に、ボフン、とその姿が煙の中に消える。
煙が晴れたそこにいたのは、ツナの知る今の紅だ。
彼女が知っているわけでもないのに、あの会話がよみがえって妙に居心地が悪い。
二人して視線をそらしたところを見ると、彼女も思うところがあるのだろう。
10年後の彼女の助言を聞いた自分は、一体彼女に何を言ったのだろうか。
気になるけれど―――聞けるはずもない。
「…じゃあ」
お互いに戸惑いながら言葉を交わして、そして彼女は部屋に戻っていった。
彼女がいなくなると、ツナはバタン、とベッドに倒れこむ。
彼女は知っていたのだろうか。
ツナが、紅を守りたいと言いながら、彼女を危険な場所に置くことに不安を感じていたことを。
危険とは無縁の場所で平和に暮らしてほしいと思いながら、傍にいなければ守れない矛盾。
それでも、離れることなんて出来ないと…ツナは、迷っていた。
「“安心していい”か」
よし、と意気込んで身体を起こすツナ。
悩む時間はもう終わり。
彼女の気持ちが少しでも動き出したのならば、頑張ってみようではないか。
「とりあえずランボに感謝かな」
今度飴でも買ってあげようと思いながら、ツナは部屋を出た。
10.01.22