空色トパーズ
Target --011
インターホンが鳴って顔を上げた紅は、キッチンで反応した奈々に自分が出ると告げる。
ありがとう、という母の声に背中を押されて玄関のドアを開けた紅は、きょとんと瞬きをした。
そこにいたのは、並盛中学校の制服に身を包んだ女子生徒。
ツナとはまた違う色合いの茶髪は短い。
「あ、私、笹川京子と言います!」
「あぁ、京子ちゃん。綱吉から話は聞いてるわ。こんにちは」
紅を見た途端に緊張を露にした彼女に、紅はクスリと笑う。
そして、安心させるように柔らかく微笑んだ。
それに肩の強張りを解した京子は、あの、と声を上げる。
「沢田くんはもう帰ってきていますか?」
「綱吉はまだだけど…何か用事?」
「えっと…先生からプリントを預かっていて」
どうやら担任から任されてしまったらしい。
ツナが忘れてしまったのか、担任が渡し忘れたのか。
そんなことを考えた紅は、ふとこの場が玄関であることを思い出す。
「あがって。お茶くらい出すから」
「いえ、お構いなく!渡してくれたらそれで!」
「お礼もせずに放り出すのは気が引けるわ。おいで?」
にこりと笑顔を向けると、京子の頬が赤らんだ。
同性でも素直に見惚れる笑顔だ。
ビアンキとはまた違った意味で、こうありたいと思う理想像がそこにある。
京子は手を引かれて沢田家の玄関を上がった。
下校途中のツナの携帯が震えた。
ポケットに入れていたそれを取り出し、確認する。
「メールっすか?」
「うん。―――ケーキを焼いたから友達を連れておいでって」
帰り道で言われても、と思うけれど、偶然にもツナの両隣には獄寺と山本がいる。
偶然どころかよくある光景だが、時々山本が欠けることもある。
今日はグラウンドの整備が入っていて使えないからと、部活が休みだったのだ。
「うち来る?」
「喜んで!」
「おう!そう言うことなら邪魔するぜ」
元気に答えをくれた彼らにありがとう、と告げてから、メールの返事をする。
カチカチとボタンを操作するツナの隣で、山本が声を発した。
「ツナの母さんってお菓子作りとかするんだな」
「あんまりしないよ。料理は色々作るけどね。今回のは紅から」
「紅ってツナの姉さん?」
「そ。留学中にも色々と勉強したみたいだから、期待していいよ」
パチンと携帯を閉じながらそう言った彼に、へぇ、と感心したような声を上げる山本。
獄寺は流石です!とまるで自分のことのような反応だ。
「紅さんって何の勉強のために留学してたんだ?」
「えっと…語学とか…向こうの社会勉強、かな」
数カ国の言葉を話せるようになっていたと聞いたし、嘘は言っていない。
事実を言わないのは、山本がマフィアに染まっていないから。
マフィアごっこだと思っている彼に事実を伝えるのは心苦しい。
そんなツナの微妙な心中を察したのか、内容に違和感を覚えたはずの獄寺は口を噤んだ。
「へぇ…勉強熱心なんだな。でも、帰ってきてから高校に行かないのか?」
「向こうで飛び級したらしいから」
大学卒業までの勉強は終わらせたと言っていたから間違いではない。
ただし、どこかの学校を卒業したわけではないらしい。
学歴など、マフィアの実力社会の中では紙同然だ。
所属するファミリーがものを言う世界なのだから。
そんな風に会話を楽しみながら家に帰ってきたツナは玄関に並んだ靴に首を傾げた。
自分のものより小さい革靴が一組、遠慮がちに並んでいる。
「ただいまー」
とりあえず中に向かって声をかけると、家の二箇所からお帰り、と言う声が返ってきた。
程なくして、足音が近付いてくる。
「お帰り、ツナ。あぁ、一緒に帰ってきたのね。紅が待ってるわよ」
いらっしゃい、と声をかける奈々に、お邪魔します、と声を揃える二人。
ツナを先頭に二階へと向かう彼らを見送ると、奈々は飲み物を用意すべくキッチンへと向かう。
ツナの部屋のドアが閉まり、交代するように紅の部屋のドアが開く。
紅が京子を連れてリビングへと降りてきた。
「ツナが帰ってきたわよ」
「うん。用意して持っていくね。代わるよ」
「あ、手伝います」
カップを用意したところで奈々と入れ替わる紅。
用意を始める彼女に近付いた京子は、奈々からお皿の場所などを聞いた。
切り分けたケーキと飲み物をトレイに載せて二階へと運ぶ。
ツナの部屋の前で、紅は京子にそれを手渡した。
首を傾げる彼女に、しぃ、と人差し指を唇に当ててみせる。
「ツナ、入っていい?」
コンコン、とノックをして中に声をかけた。
返事が返ってくると、紅は京子を前にしてガチャリとドアノブを回す。
「ありがと―――って、京子ちゃん?」
「お、お邪魔してます」
振り向いたツナの呆気に取られた顔。
「驚いたでしょ?」
悪戯が成功した子供のような笑顔を浮かべた紅が京子の後ろから顔を出した。
そして持たせていたトレイを受け取り、部屋に入る。
「プリントを頼まれたからって持ってきてくれたのよ。折角だから待ってもらってたの。
獄寺くんも山本くんもいらっしゃい」
「え、あ…そうなんだ?ごめんね、知らなくて…」
「ううん!いいの。プリント…あ!紅さんの部屋に置いてあるから、持ってくるね!!」
プリントの存在を思い出した京子が慌しく部屋を出て行く。
微笑ましいな、と思いながら彼女を見送った紅は、トレイをローテーブルの上へと運んで振り分けた。
「お待たせ!これなんだけど…!」
「うん、ありがとう」
鞄を手に戻ってきた京子がツナにプリントを差し出した。
それを受け取り、ざっと目を通してから机の上に置く。
「えっと…用事も終わったし、もう、帰るね。紅さん、ケーキご馳走様でした」
「送ろうか?」
「え!?あ…まだ明るいし大丈夫!」
「じゃあ、下で見送るよ。紅、二人をお願いできる?」
「いいわよ。いってらっしゃい」
別にいいのに、と遠慮する京子と、気にしないでと彼女を促すツナ。
二人の声が遠ざかっていく。
紅は開けっ放しのドアを見つめてからクスリと笑った。
「可愛いわね、京子ちゃん」
「そーっすね。俺は紅さんも綺麗だと思うけど」
「あら、ありがとう。口が上手いのね、山本くん」
「まぁ、確かに…芝生頭の妹とは思えないっすね」
うんうん、と腕を組む獄寺の言葉に、紅が「芝生頭?」と首を傾げる。
京子の兄だと説明する彼。
「ただのボクシング馬鹿っす」
「打ち込めるものがあるのはいい事よ」
たとえ認めていても素直に褒めることなどできない獄寺の言葉に、紅はあっさりと笑顔を返した。
大人の対応に、彼も思わず、そうっすね、と頷いてしまう。
そこで、京子を見送ったツナが帰ってきた。
彼の登場に腰を上げる紅。
「じゃあ、ごゆっくり」
二人にそういい残して、ドアのところでツナとすれ違う。
「京子ちゃんのこと、ありがとう」
「いいのよ。私、ああ言う可愛い子が綱吉の彼女になってくれたら嬉しいな」
そう言うと、ツナは何か複雑そうな表情を浮かべた。
それに違和感を覚えつつも、紅は自室を片付けようとその場を後にする。
10.01.10