空色トパーズ
Target --009
ジリリと目覚ましが己の役目を全うすべく、はた迷惑な声を上げる。
寝たのか寝ていないのかよくわからないような状況で、ツナはゆっくりと目を開いた。
やや乱暴に目覚ましのスイッチを押して音を止め、身体を起こす。
額に落ちてきた髪を掻き揚げる。
そして、その手を見下ろした。
まだ、涙の感触が残っているような気がする。
「紅が来てから寝坊しなくなったな」
ベッド際から声が聞こえて、ツナはゆるりと視線を向けた。
既にきっちりとスーツを着込んだリボーンがそこにいて、短い足を組み直している。
「ダメツナに甘える時間は終わったんだよ」
指先をパジャマのボタンに引っ掛けながらそう答えるツナ。
制服に着替え、最後にベッドに置いていたブレザーを手に取る。
「リボーン」
「何だ?」
「強くなりたいんだ」
誰かを守ろうにも、自分自身を守れなければ意味がない。
まずは、守られずに済む力が欲しい。
「俺は厳しいぞ?」
「もう泣き言は言わないよ」
そう言って、ツナは部屋を出て行った。
「心意気だけは一人前だな、ツナの癖に」
呟いた彼の口元もまた、薄っすらと笑みが浮かんでいた。
一度は紅の部屋を通り過ぎてから、階段の辺りでくるりと踵を返してくる。
閉じられたドアを静かに開き、部屋の中を覗き込んだ。
人の形に膨らんだベッドが、彼女がそこにいることを教えてくれる。
ツナは何もせず、また静かにドアを閉じた。
「おはよう」
「おはよう、ツナ。最近は寝坊しないのね」
「うん。起きるコツを掴んだのかな」
流石に、母にはダメツナに甘んじていたのだとは言えないし、言うつもりもない。
納得できるようで出来ない答えを返したけれど、特に気にしていないようだ。
「今日は紅が起きてきていないわね」
「あ、起こさないであげて。…遅くまで本を読んでたらしいんだ」
「あら、そうなの。どうしてツナが知ってるの?」
「夜中に水を飲みに起きたら、電気がついてたから。ちょっと話したんだ」
そう答えながらダイニングテーブルにつく。
いただきます、と用意された朝食を食べ始めた。
「何だかツナ…紅が帰ってきてから、人が変わったみたいね」
クスクスと笑う母に、ツナは食事を続けながら首を傾げる。
何か、含みのある言葉に聞こえた。
「何、母さん?」
「ううん。昔、お父さんが話していた通りだったなーって思ってるだけ」
「昔?」
更にその内容を問うように言葉を繋ぐ彼。
しかし、彼女は「あ、ゴミを出してこないと」と思い出したようにキッチンへと向かう。
続きが聞ける雰囲気は既になく、ツナは軽く肩を竦めてから食事に集中した。
ツナが家を出て1時間近く経った頃、ピンポン、とインターホンが鳴った。
「あら、お帰りなさい。楽しめた?」
玄関でインターホンを鳴らした人物を迎え入れた奈々の顔には笑顔が浮かぶ。
出迎えられた人物はビアンキ。
沢田家居候の一人で、紅が帰って来た前日から泊りがけで出かけていた。
「ただいま、ママン。紅は居る?」
「ええ、居るわよ。まだ寝ているけど…」
「起こしていいかしら。話がしたいの」
そう言ったビアンキに、奈々は「うーん」と悩んだ。
「昨日は夜更かししてしまったみたいで、ツっ君に起こさないで欲しいって言われてるのよ」
「その必要はないわ」
玄関のところで話をしていた二人の耳に、第三者の声が届く。
声の主は、今まさに階段を降りてきていた紅だ。
「おはよう、お母さん」
「おはよう。夜更かしは駄目よ。ちゃんと寝ないと」
「うん。ごめんなさい」
軽いけれども注意する奈々に、紅は素直に謝った。
ツナがどう話してくれていたのかはわからないけれど、内容は伝えていないようだ。
ビアンキからのお土産を手にリビングに向かう奈々を見送ってから、ビアンキに向き直る。
「久しぶりね」
「2年ぶりくらいかしら」
「そうなんじゃない?今まで居なかったみたいだけど…仕事?」
「ええ」
二人の関係は、友人と呼べるものだ。
ビアンキが、リボーンが紅に興味を持っていると知った時は恐ろしかったが…関係は、一応続いている。
「話があるなら、後にしてくれる?朝食を食べないと」
「構わないわよ」
「リボーンなら綱吉の部屋に居るわ。一週間ぶりなんだし、ゆっくり再会してきたら?」
あえてリボーンの名前を出す紅。
その名を聞いた瞬間に、ビアンキの顔つきが変わった。
「リボーン…!」
その声は、さながら数年間会えなかった恋人との再会の瞬間のようだ。
ここで忘れてはいけないのは彼らが離れていたのはたった一週間だと言う事だろう。
階段を駆け上がっていくビアンキを見つめ、やれやれと肩を竦める。
相変わらずビアンキの想いは熱烈と言うか、何と言うか。
彼女を敵に回す事を考えるとゾッとする。
尤も、紅にはリボーンの愛人になるつもりなど一切ないのだが。
「紅ー。朝ごはん食べちゃってー!」
「今行く!」
キッチンの方から聞こえる奈々に返事をしてから、玄関を振り向く。
ガチャン、と忘れられていた玄関の鍵を閉めて、まずは洗面所へと歩き出した。
09.12.10