空色トパーズ
Target  --006

「紅も普段は平和主義の癖に、ツナが関わると短気だな」

紅と雲雀の攻防を見ながら、呆れた風にそう呟くリボーン。
彼の声が当事者に聞こえることはなさそうだ。
それにしても、と思う。

「紅の奴、腕を上げたな」

雲雀はファミリーの中でも戦闘能力面ではかなり高い位置に居る。
忠誠心と言う点では獄寺が群を抜いていて、雲雀はその真逆を走っているけれど。
そんな雲雀を相手に、汗一つ流していないのだから優秀と言うほかはない。

「強いね。名前は?」
「沢田紅。綱吉の姉よ」
「ふぅん…沢田綱吉の関係者どころか…姉?似ていないね」
「放っておいて」

そこで銃弾を一発、雲雀の足元へと撃つ。
軌道から避ける必要がないと判断した雲雀はそこから動かなかった。
そんな彼を見て、紅が僅かに口角を持ち上げる。
雲雀の足元のコンクリートに着弾したそれが、チュイン、と跳ねたのだ。
思わぬ反応に、即座に身を引く雲雀。
銃弾が肩にかけていた学ランの裾に穴をあけた。

「へぇ…これが跳弾?こんなにも正確に使いこなせる人は初めて見たよ」

穴のあいた裾を見て、雲雀が楽しげに笑った。


まったく、沢田綱吉と関わるようになってからと言うもの…面白い人間に出会う。
群れる連中は許せないけど、そこだけは評価してあげられるよ。


次の銃弾を避けながら、雲雀はそんな事を考えていた。
更にもう一発、と銃を構えた所で、チャイムの音が響く。
ハッと我に返った紅は、バックステップで雲雀との距離を取った。
一気に不満そうな表情に変わる彼。

「どう言うつもり?」
「4時間目の終了と言う事は、ここにも学生が来るわよね。一般人を巻き込むつもりはないの」
「まだだよ。折角面白くなってきたのに、こんな幕引きは許さない」

やる気満々と言った様子の彼に、紅は溜め息を吐き出す。
そして、軽く地面を蹴って一気に雲雀に近づいた。
驚く彼の正面に顔を寄せて、息がかかりそうな距離でにこりと微笑み、容赦なく足払いをする。
呆気ないほどに簡単に背中から倒れた彼の上に跨り、額に銃口を押し当てた。

「紅の勝ち、だな」

リボーンの声がいやに大きく聞こえた。

「…手を抜いてたの?」
「まさか。隙を突くのが得意なの。私は女だからね」

力では、正面からぶつかれば確実に負けてしまう。
体力だって敵わない。
わかっているからこそ、紅は女の戦い方を覚えた。
地形の利を生かして相手を翻弄し、油断させ、隙を突く。
跳弾も、その中で習得したものだ。

「あなたのように正々堂々とは戦えないの」
「女だから、か。涙を武器にはしないんだ?」
「そんな不確かなものを武器にするほど馬鹿ではないわ」
「ふぅん…あなたは、群れる草食動物とは違うみたいだね」

隙を突かれたとはいえ、負けは負け。
それなのに、雲雀の表情は悔しさとは別のものだ。

「あなたとはまた戦いたいよ」
「私は遠慮したいわね」

肩を竦めた紅は、戦意がない事を見届けて彼の上から退いた。
身体を起こした彼がパンパンと服の土を払う。
そして、彼女に向って何かを差し出した。

「これをあげるよ」
「…何、これ。腕章?」
「部外者は校内には入れないけど、それがあれば許可証もなく入れる」

渡されたそれを受け取りながら、これが、と思う。
風紀委員と刺繍された腕章が、許可証と同レベルの扱いとは一体どういう事なのか。
紅の疑問に答えてくれそうなリボーンをちらりと見る。
返ってくる無言。
どうやら、唯一の人は説明してくれる気はないようだ。

「…ありがたく受け取っておくわ」
「今度来た時は、応接室に顔を出して」
「応接室…?」

更なる疑問符を抱く紅にこたえる事もなく、雲雀はその場を去っていった。
徐々に校舎内が賑わってくる。

「何で応接室に顔を出さなければならないのかしら」

まぁ、ツナに聞けばわかるのだろう。
そう納得して、紅は腕章を握った。

「風紀委員の許可も得た事だしな。屋上に行くぞ」

ひょいと花壇から飛び降りたリボーンがさっさと歩き出す。
何故風紀委員の許可が要るのか。
ここに来てからというもの、疑問ばかりのような気がする。
誰か解決してくれ、と思いながらも、紅はリボーンの後に続いた。












一方、先にその場を去った雲雀は、応接室への道を進んでいた。
ふと、手首の辺りに小さな痛みを覚える。
ブラウスの裾を捲ると、そこに小さな擦り傷があるのがわかった。

「―――…」

僅かに血が滲むそこをぺろりと舐める。
その口元は楽しげに持ち上げられていた。
雲雀自身は手を抜いたつもりはない。
銃対トンファー。
接近戦に持ち込めばすぐに片が付くと思っていたが、それは大きな間違いだった。
上手く誤魔化していたのか無意識なのかはわからないけれど、雲雀は気付いている。
彼女は、絶妙な動きで雲雀の間合いへと足を踏み込みつつも、トンファーが掠める寸前のところで身を引いた。
それだけならば、ただ避けていただけとも考えられただろう。
しかし、近付く必要のない飛び道具を所持する彼女が、ごく自然に雲雀の間合いに入っていたのだ。
時に、雲雀から、時に、彼女自ら。
まるで彼からの攻撃を誘うかのように、何度も。
その動きがあまりにも自然すぎて、彼ですら気付いたのはチャイムの間際だ。
気付いたところでチャイムが鳴り、結果としては油断していた彼が負けた。
最後の一撃こそ、彼女の本当の実力なのだろう。

「…面白い」

何を目的としていたのかはどうでもいい。
彼女が自分を楽しませたというその事実だけがあれば十分だ。

「本当に…感謝するよ、沢田綱吉」

君のお蔭で、暫くは退屈せずにすみそうだ。

09.11.27