空色トパーズ
Target --005
「紅。ツナの学校に行ってみねーか?」
部屋に入ってくるなり、開口一番そう言ったリボーン。
今まさに本を開いた状態で彼を振り向いた紅は、返事に少しの間をおいた。
「学校訪問は迷惑じゃないかしら」
「気にするな」
行くぞ、とまるでそれが決定事項だったかのように声をかける彼に、紅は苦笑を浮かべる。
そして、持っていた本を本棚に戻した。
8年間留守にしていた部屋は殆ど変っていない。
それでも、机の上の小学校用の教科書が並んでいるのを見ると、時間の流れを感じた。
本棚とタンスの中身は、紅の年齢に応じて総入れ替えしてくれたらしい。
後でお母さんにお礼を言わないと…そんな事を考えながら、部屋を後にする。
日本で暮らしていたならば、紅も通ったであろう並盛中学校への通学路。
リボーンに案内されながら歩く近所の道は、懐かしいとも思わないほどに様変わりしていた。
「それにしても…どうしてこの格好なの?」
「ツナの反応が面白そうだろ?」
「…私の年齢だと、高校生なんだけどね…」
スカートの裾を摘みながら、そう呟く。
家を出る前にこれに着換えろと言って手渡されたそれは、並盛中の制服だ。
普段パンツスタイルの多い紅は、久しぶりのスカートに少し気恥ずかしさを覚える。
多少裾を気にしつつ歩いていると、チャイムの音が聞こえた。
「4時間目が始まったな」
「ふぅん…所で、侵入するつもりなの?」
「その格好なら怪しまれないぞ」
安心しろ、と胸を張るリボーン。
そういう問題じゃない、と思うと同時に、それも理由の一つか、と呆れる。
不法侵入で捕まりでもすれば、ツナに迷惑をかけてしまうだろう。
尤も、紅は捕まらずに逃げる自信は持っているけれど。
「裏から入るぞ」
「良かったわ。表から堂々と入るつもりなら、どうしようかと―――」
「―――――!!」
紅の声を遮るように、何かが聞こえた。
悲鳴のような声だ。
紅はちらりとリボーンを一瞥してから、足早に声の方へと移動する。
太股に提げた銃の存在を意識して、校舎裏へと走った。
そこに複数の人の姿を捉え、状況を把握するために校舎の陰に身を隠す。
「…何これ。集団リンチ?へぇ…こんな事があるのね」
見た所、一対多数と言う状況に、紅は肩を竦めた。
正義の味方と言うわけではないのだから、手助けをする理由はない。
かといって、現場を見た者として見て見ぬ振りと言うのは如何なものか。
悩んでいる間に、バキ、と鈍い音が聞こえた。
顔を上げた紅は、その光景に唖然とする。
「…全然人数の意味がないわね」
無駄のない動きで、多勢の方が次から次へと地面に沈められている。
まるでなす術もなく崩れる方を見ていると、どちらに手を貸せばいいのかを悩んでしまう。
人数で言えば一人の方を助けるべきかもしれないが…たぶん、いや、確実に必要ない。
「リボーン。アレ、何者?」
プロではないけれど、少なくとも素人ではない。
その動きを見ていた紅の目に、マフィアのそれが宿っていた。
「雲雀だな」
「…鳥?」
すっ呆けたのがツナだったなら、容赦ない蹴りが食らわされた事だろう。
あれが鳥に見えるのかと言う問題はさておき、リボーンは紅に伝わるように説明する。
「いや、雲雀恭弥。奴の名前だ」
「あぁ、名前ね」
「ちなみに、あいつはツナの守護者だぞ」
それを聞いた紅が、壁から身体を離した。
意思を持った表情でスカートの裾を持ち上げて銃を引き抜く。
「それなら、実力は確かめておかないと」
「俺が認めたんだぞ?」
「私は認めていないもの」
ニッと口角を持ち上げた彼女は、足音を鳴らして姿を見せた。
最後の一人を片付けたところで、雲雀はふぅ、と息を吐き出す。
「…群れる奴は嫌いだ」
鬱陶しい、と呟いてから、数分前に気付いた気配を探る。
この連中の仲間ではないと思しき気配を感じたのは数分前。
一般人とは違う空気を感じ、雲雀は自分の中で気分が昂揚するのを感じた。
楽しめる相手かもしれない―――そんな期待が膨らんだ、その時。
カツン、と靴音が聞こえた。
振り向いた雲雀の視線の先に、校舎の陰から一人の女子生徒が現れる。
その姿を見た彼は、無言でむっとした表情を作った。
「君、ブーツは規則違反だよ。革靴と運動靴以外は認めていない」
「は?」
「それにスカート丈も短い。何だって女は不必要にスカートを短くしたがるんだか…」
理解できない、と首を振る彼。
何を言われているのか理解できなかった紅だが、暫くしてそれが服装の事なのだと気付く。
制服は渡されたけれど、靴までは渡されなかった。
別に気にする事もなく膝までの編み上げのブーツを履いていたのだが、どうやらそれが規則違反らしい。
学校がブーツを認めていないことなど、当たり前だ。
だが、紅は規則を守るべき並盛中の生徒ではない。
スカート丈にいたっては、手渡されるままに着込んだ自分は一切関与していない部分である。
つまり、紅にとってはどちらも“知った事か”と言う話なのだ。
紅がそんな考えに至っていた頃、雲雀は漸く彼女の手にある物に気付いた。
「…へぇ…さっきの気配は君か」
楽しげに口角を持ち上げて、手にしていたトンファーを構える彼。
何も言わずとも、彼は紅の思惑を理解したようだ。
と言うより、彼自身がそれを望んだのだろう。
「紅。無茶はするなよ」
「赤ん坊。と言う事は、また沢田綱吉の関係者かい?本人はそんなに強そうに見えないのに、顔は広い―――」
雲雀の言葉を遮るようにして銃弾が彼の頬を掠めた。
小ぶりの銃を構える彼女の眼は、真っ直ぐ雲雀を射抜いている。
「―――怪我をしてもしらないよ。僕は、女だからって手加減はしない」
「やってみなさい。…出来るものなら、ね」
挑発的に微笑んだ効果は、絶大。
09.11.24