空色トパーズ
Target --004
「私が攫われたのは、イタリアンマフィアの一勢力だった」
紅はベッドに腰掛け、ツナはカーペットの上に座っていた。
俯きがちな紅の口から語られ始めた、8年間の話。
「日本で攫われて、気が付いたら異国の地。知らない言葉、知らない人たち―――ただ、恐ろしかった」
8歳の子供にとって、それがどれほど恐ろしい世界だったか。
あえて語る必要すらない。
「綱吉は、私と血がつながっていない事―――」
「知ってるよ」
「そう。…あのファミリーの目的は、私の父だった。彼らは、父が既に死んでいる事を知らなかったの」
紅を人質として使い、彼女の父を誘き寄せる作戦だったのだと言う。
日本語を理解する者に「自分の父は家光一人だ」と訴える彼女に、ファミリーは戸惑った様子だった。
もしかすると、既に死んでいるのでは―――そう察したのは、紅を攫ってから二日後の事。
では、攫ってしまった彼女をどうするかと悩み、ファミリーの中でも意見が分かれる。
「彼らは私がこの家で育てられている事を思い出して、ボンゴレとの交渉に使う事にした」
「父さん、か」
「ええ、そう言う事」
「…じゃあ、紅はボンゴレの交渉で助かったの?」
ツナの問いかけに、紅はゆっくりと首を振った。
「要求は、ボンゴレと同盟を結ぶ事―――多すぎる条件を付けて、ね。そんな要求を聞けるはずがない」
「じゃあ、ボンゴレは紅を助けようとしなかったのか!?」
驚いたように目を見開き、声を荒らげるツナ。
そして、彼は睨みつけるようにリボーンを見た。
「最後まで聞け」
平然とそう言ってのけたリボーンは、ツナの横っ面に蹴りを入れた。
床に倒れ込んだツナが短くうめき声を上げる。
「リボーン!」
なんて事を、とベッドから飛び降りてツナに駆け寄る紅。
「ツナはすぐに思い込みで突っ走るからな。これくらいが丁度いいんだぞ」
「暴力は理由があれば許されるものじゃないわ。修行以外のスパルタはやめて」
「紅はツナに甘ぇな。そんなんじゃツナは鍛えられねーぞ」
「………」
「姉さん、俺は大丈夫だから。続けて?」
支えてくれる彼女を軽く押し、ベッドへと戻す。
そして、少し痛む頬から意識を逸らした。
「ボンゴレは要求を飲んだりはしなかった。けれど、ちゃんと助けてくれたわ。
最強のヒットマンを送り込んでくれたもの」
紅がリボーンを見ながらそう言った。
最強のヒットマン―――その肩書きが示す人物を悟る。
「助けられて、ボンゴレの元でお父さんと再会したわ。すぐに帰れるんだと思っていたけど…」
実際は、そうではなかった。
二週間ぶりに再会した家光は、紅に日本には帰れないと告げる。
―――愕然とした。
どうして、と嘆く紅に、彼はそれが彼女のためなのだと諭した。
「その時、初めてお父さんと血が繋がっていない事を聞いた。本当の父がマフィアだと言う事も。
本当の父はそれなりに力のある人だったみたいで、今後も私が狙われる可能性があるって」
紅はその時の事を思い出した。
「どうして帰っちゃいけないの?私、家に帰りたい…っ。ここ、恐い…!」
「紅…お前の気持ちはよくわかる。だがな、お前が帰れば…ツナを巻き込む事になるぞ」
幼い子供には酷な現実を突き付けた。
家光は、紅がその現実を正しく理解するだけの頭を持っていると知っていた。
同年代よりも遥かに賢く、そして自分たち以上にツナを大切にしている彼女。
「綱吉を、巻き込む…。私の所為で、綱吉が私みたいに…恐い思いをするの?」
「…あぁ」
肯定するのは、とても心が痛んだ。
辛そうに表情をゆがめ、頷く家光。
駄々をこねるように彼の服を握っていた紅が、唇を噛み締めた。
「…わかった」
必死に涙を堪えて苦渋の決断をした娘に、家光は慰めにならないと知りながらもその小さな身体を抱きしめた。
イタリアに居たとしても、また同じ事が起こらないとも限らない。
紅はマフィアとしての知識を得ることを勧められた。
彼女は促されるままに学び、成長し―――現在に、至る。
紅の話を聞いていたツナは、ふと話の中に母の話題がないことに気付く。
もしかして―――
「母さんは、知ってた?」
「…ええ。留学って事にはなっていたと思うけれど」
紅がいなくなった当初は、母も同じように彼女を案じていた。
しかし、いつからだったか…彼女は、普段通りに生活していたような気がする。
忘れようとしているのだと思い込んで、紅の話題を避けたのはツナだ。
あの時、踏み込んで母に紅の行方を尋ねていたならば…8年間も、生死すら知らぬままと言う事はなかったはず。
つくづく、自分の運の悪さを呪う。
「…じゃあ、俺が10代目って事も、聞いてるんだ」
「そうね。10代目候補だって事は聞いているわ」
そう答える彼女に、ツナの視線が向けられた。
彼女は安心させてくれる笑顔を返してくれる。
「あくまで候補よ。9代目は、あなたを無理にこの世界に引きずり込もうとは考えていないの」
「…そう…なんだ?」
「ええ。本人から聞いた、確実な情報よ」
紅がそう言うと、リボーンがククッと喉を鳴らした。
赤ん坊らしくないしぐさは、何故か彼にはとてもよく似合っている。
その笑いの意味を知らないツナが首を傾げた。
「…何だよ?」
「いや…その時のことを思い出しただけだ」
「リボーン、もう忘れてちょうだい」
「忘れるわけねーぞ」
リボーンは帽子の下で口角を持ち上げる。
そう、忘れるわけがない。
あれが切欠で、自分は紅に惹かれたのだから。
09.11.20