空色トパーズ
Target --001
「お父さん。少し、いい?」
「あぁ、紅か。どうした?」
机に向き合っていた父、家光が振り向いた。
義父と言った方が正しいだろうけれど、実の父を知らぬ紅にとっては彼が父親だ。
あえて義理のと分けて考える必要などないと思っている。
「リボーンから電話があったの」
家光の手元で、ペンが動きを止めた。
緩慢な動きで顔を上げた彼が、紅を見つめる。
「紅…」
「悩んだの。今更、どんな顔をして、って…でも…やっぱり、会いたいの」
もう8年だ。
紅にとっては怒涛のように過ぎた日々だった。
けれど、ふとした時に感じていたのは、あの場所に帰りたいと言う寂しさだ。
それでも、その思いを振り切るようにして、家光の元で知識を深め、腕を磨いた。
自分が、この世界とは無関係ではいられないと、知ったから。
「リボーンが来いって。そう言ってくれるってことは、会ってもいいんでしょう?」
「…あぁ、そう言う事だろうな。俺には、何の相談もなかったが」
「…駄目?」
首を傾げた紅に、家光は腕を組む。
この8年間で、彼女は自分の身を自分で守れるようになった。
それならば、もう許可してもいいのかもしれない。
紅は、ずっと独りで頑張ってきたのだから。
家光は紅、と彼女を近くに呼ぶ。
歩いてきた彼女の頭に、ポン、と手を載せた。
「リボーンからもらった銃は持ち歩いているな?」
「ええ」
「日本には銃刀法がある。だが、必要な時は躊躇うな」
「わかったわ」
「俺はこっちでやる事が残っていて、一緒には行けない。奈々には俺から連絡しておく」
そして、帰っていいぞ、と言った。
行っていい、ではなく、帰っていい。
それは、紅の帰る場所があの家なのだと示す言葉。
紅は嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。お父さん」
ちゅ、と頬にキスをして、彼女は部屋を出て行く。
「ツナ」
「あぁ、リボーン。何か用?」
「今日、俺の客が来る。学校が終わったらまっすぐ帰れよ」
「リボーンの客なのに、何で俺が帰って来なきゃいけないんだよ?」
「いいから、帰ってこい。いいな」
頷く以外の答えなど、初めから許されていないようだ。
痛い思いをする前に素直に言う事を聞いておいた方がいい。
渋々ながらも頷き、学校へと向かう。
今日も今日とて、変わらぬ駄目ライフ。
出来ないわけではないけれど、やろうとしない彼は、自分がダメツナと呼ばれている事を知っている。
面と向かって言われる事もあるのだから、知らない方がどうかしているだろう。
頑張るわけでもない学校生活を終えて、迎えた放課後。
「(リボーンの客ってどんな人なんだろう…これ以上変な人と関わりたくないんだけどな…)」
教科書を鞄につめながら、そんな事を考える。
さて、帰ろうかと鞄を持ち上げた所で、ツナくん、と後ろから声をかけられた。
「京子ちゃん」
声をかけてくれたのは、笹川京子。
ツナの片思いの相手なのだが、今日ばかりは彼女に声を掛けられても舞い上がる気持ちにはなれなかった。
「今日、ハルちゃんとケーキを食べに行くの。良かったら、ツナくんもどうかなって」
―――綱吉、今度の誕生日にお母さんとケーキを焼いてあげるね。楽しみにしてて。
京子の声に、記憶の紅が重なった。
同じ言葉と言うわけではない。
笑顔だって、違う。
それなのに、紅を思い出した。
胸を鷲掴みにされたような感覚。
「…ご、ごめんね、京子ちゃん!俺、今日は用事があって…じゃあ!」
ツナは、逃げるように教室を飛び出した。
そんなツナの背中を見送った京子は、不思議そうに首を傾げる。
「何、沢田の奴。京子からの誘いなら喜んでついてくると思ったけど…」
「…何だか、様子がおかしかったね」
彼女らの疑問に答える者はいない。
はぁ、はぁ、と肩で息をする。
一気に走ってきたから、酷く喉が痛んだ。
「10代目~!」
獄寺の声だ。
無視することは出来ないと、呼吸を整えながら振り向く。
「さっき玄関で10代目を見かけて、追いかけてきました!」
一緒に帰りましょう!と笑顔を見せる彼。
「うん…いいよ」
一人が良かったけれど、彼ならば余計なことは追及して来ない。
だから、構わないと思った。
もしかすると、本当は誰かに傍にいて欲しかったのかもしれない。
「山本は?」
「あいつなら部活ですよ。野球馬鹿ですから」
「そっか」
そうだった、と思い出す。
その時ふと、獄寺に聞いてみたい事が出来た。
「ねぇ、獄寺くん」
「はい!なんですか?」
「ビアンキのこと、大切?」
ツナの質問が意外過ぎたのか、ぽかんと口を開けたまま静止する彼。
やがて、思い出したように動き出した彼は、ツナの質問だからと真剣に考えた。
「大切…かどうかはわかりません。大切じゃないとは思いませんけど」
「じゃあ、ビアンキが突然消えたら、どう?」
「どうって…別に…ああ言う世界に生きてるんですから、可能性はありますし…」
そんな状況を想像しにくかったのかもしれない。
複雑そうな表情で、彼は答えた。
「でも、たぶん…探すくらいはしてやると思いますよ。あれでも、一応姉、っすから」
「…そっか。ありがとう」
「10代目、何でそんな質問を?」
「うん。まぁ…気にしないで。ただの気紛れ」
誤魔化すように笑って、前を向く。
探す、と言う言葉に、胸が痛んだ。
探さなかったわけではない。
けれど、世界はツナが思うよりも遥かに広くて。
幼い彼が彼女を見つけることなど、出来る筈がなかった。
「早く大人になりたいなぁ…」
呟かれた言葉は、切実なものだった。
09.11.17