黒揚羽
Target --098
意識を取り戻してからは、医者と交渉して安静第一で退院の許可を貰う。
輸血の必要もないし、食事もそれなりに取れる今となっては、病院に居座る理由はないのだ。
大した荷物のない帰り道。
「そう言えば、雲雀…ツナと同じくらいの黒髪の子は病院に来た?」
「…いや、俺は見ていないな」
隣を歩くランチアに確認して、そう、と頷く紅。
そして、すぐに話題を変えるように彼を見た。
「それで?あなたはこれからどうするつもり?」
「………ある程度予想している顔だな」
「まぁ、何となくだけど―――行くんでしょう?」
彼が牢獄を後にして、どこで何をしていたのかは知らない。
けれど、予想する事はできる。
紅の言葉に小さく口角を上げるその表情だけで、全てを理解した。
「お前は好きにしろ」
「…好きにしていいの?」
「来るなと言っても無駄だろうからな」
「……………」
視線を外し、前を向く紅。
その横顔は、既に何かを決意した後のようにも見えた。
呼び出したのは紅。
退院したと言う連絡と共に、時間と場所を指定した。
返事はなかったけれど、不思議と彼が来ないとは思わない。
日の暮れた並盛中、始まりの場所とも言える校門のところに、彼はいた。
「待たせてしまったみたいね」
ごめんなさい、と謝る紅を見て、雲雀の目が見開かれる。
彼が驚いた理由は、紅の姿が見慣れた中学生のものではなくなっていたからだろう。
本来の姿でそこに立つ彼女の鎖骨には、今にも動き出しそうな黒揚羽が刻まれている。
紅を見つめた雲雀は、やがて諦めたように頭を振った。
「どうやら…話を聞くまでもないみたいだね」
雲雀には似合わない表情に見えて、胸が痛んだ。
この姿が明確な拒絶になると言う事を理解して、紅は効果を消す薬を飲んだ。
「あなたが好きだと言ってくれたその言葉を疑うのはやめるわ。あなたに関心を持った事もある。
でも、マフィアだから受け入れられないと言っても、あなたは聞き入れてくれないでしょうから…」
そこで、紅は言葉を区切った。
そう、彼がそんな事で受け入れられないと言っても納得しない事は明らかだ。
だからこそ、納得せざるを得ない理由を持ってきた。
「私がパートナーに求めるものは、対等。支え、時に支えられる―――同じ目線で物事を考えられる人。
それを求めるには、あなたは…幼すぎる」
肉体的にも精神的にも、紅が対等と認められる位置にいない。
年齢的に考えれば、風紀委員のみならず地域をまとめてしまうそのカリスマ性は評価できる。
けれどそれは、あくまで彼が中学生であると言う枠組みの中での話。
一歩外に出てしまえば、彼は世界の大きさを知るだろう。
そして同時に、自分がもっと成長すべきであり、もっと成長できる人間であると知るはず。
彼の世界はまだまだ狭かった。
「雲雀」
紅は先ほどまでの真剣な表情を消し、穏やかに微笑んだ。
「私はあなたと言う人間は好きよ。恋愛的感情ではないけれど、その人間性や可能性は高く評価しているわ」
嫌いな人間と日々を過ごすほど奇特な性格ではない。
好ましいと思う部分があったからこそ、風紀委員としての日々も楽しむ事ができた。
「あなたが大人と呼べる年齢になって、その目に見えるものがより多くなって。
それでも尚、私に対して抱いてくれる感情が恋愛としてのものだったなら…その時に、もう一度伝えて欲しい」
その時は真剣に受け止めて、一人の男性としてあなたを見て、その感情の答えを探すから。
紅の言葉に雲雀は沈黙した。
しかし、やがてその口元に不敵な笑みを浮べ、口を開く。
「追いかけるから覚悟しなよ」
「…望むところよ。尤も、その頃には私との年齢の差に気付くと思うけれど」
気付いたからと言って立ち止まるような人かと問われれば、肯定できそうにない。
寧ろ、それが何?とあっさり否定されそうな気がする。
「あなたにこれを渡しておくわ」
「…薬?」
「そう。肉体年齢を10年若くする薬。もし“その時”が来たら、これを返して」
受け入れられると思えば、これを受け取ろう。
年齢は無理でも、せめて身体だけは彼に合わせられるように。
三つの錠剤が入るビンを揺らせば、カラリと乾いた音がする。
そして、雲雀はそのビンを学ランのポケットにしまいこんだ。
立ち去ろうとする雲雀の背に呼びかける。
学ランを靡かせて振り向いた彼に、紅は笑顔を残した。
「また、ね」
彼がこの言葉の意味するところを理解するのは、それから三日後の事だ。
「…紅、本当に行くの?」
見送りに走ってきてくれたツナが、最後に紅を見た。
寂しげな表情の彼に、紅は苦笑を浮かべる。
「ええ。ごめんなさいね。…やっぱり、私も他人事とは思えないから」
亡くなったファミリーの家族の家を回るランチアと共に行くと決めたのは、退院の前日。
彼がその一生をかけて償おうとしているのに、自分だけが何もしないなんて、出来そうになかった。
「これは、残った者の義務でもあるのよ」
「…そう、なんだ。俺にはよくわからないけど…」
「ずっと向こうにいるわけじゃないし…偶には顔を出すわ」
そう言ってぽんぽんと彼の頭を撫でる。
彼の足元にいたリボーンが、紅、と彼女を呼んだ。
リボーンに視線を合わせれば、彼はニッと口角を持ち上げる。
「お前、良い表情になったな」
「…そうね。全部明らかになって、すっきりしたのかもしれない。隠して平和になんて、私らしくなかったわ」
「気をつけていけよ。お前が9代目の娘だって事はマフィア中に知れ渡ったからな」
「ええ、心しておく」
「少しくらいはボンゴレにも顔を出してやれ。今までの分を親孝行しておけよ」
冗談なのかそうではないのか…判断は難しかったけれど、それは紅も考えていた事だ。
守るためと他のファミリーに預けられ、実の父と離れていた事は正しかったのか。
ずっと守られていた自分に言えた事ではないけれど、やはり少しだけ寂しい気がした。
「暁斗は一緒じゃないのか?」
「彼はお役ごめんよ。今回の旅には北イタリア最強の彼が一緒なんだし。
イタリアに帰って9代目の傍にいてって頼んであるの」
「今頃落ち込んでるな」
「ふふ。大丈夫、その内復活するわ」
楽しげに笑う彼女の表情に影はなく、彼女との間にあった一線が消えた事を実感した。
こんな風に子供っぽい笑顔も見せる人だったのかと、新たな一面を知る。
「そろそろ行くぞ」
「ええ、そうね」
「…では」
頷きあった三人が、別れの言葉を残してそこを去る。
ランボを腕に抱きながら、ツナは不思議と達成感のようなものを感じていた。
「お前はこれから大変だな」
「え?」
「たぶん、紅は誰にも言わずに出発したぞ」
「……………って事は?」
「もちろん、雲雀にも言ってないだろうな」
「……ええ!?それってやばくない!?どうすんの!?」
「お前のファミリーだろうが。自分で何とかしろ」
「そんな…!!紅、帰ってきてー!!」
10.08.01