黒揚羽
Target --097
一般常識的に考えれば、ツナが勝利する可能性など万が一にもない。
中学生と、暗殺部隊のボス。
どう考えても、ツナの圧倒的不利は否めない。
しかし―――彼は“ただの”中学生ではなかった。
紅は古傷を浮かび上がらせるXANXUSの表情をモニター越しに見つめ、目を細める。
彼女は9代目から全てを聞かされている。
彼に理解されず、寧ろ憎まれていようと、彼の立場や望みは理解していた。
恐らく…XANXUSが最も憎んでいるのは、他でもない紅だろう。
望まずに与えられた地位も、それを拒む彼女自身も、全て。
「皮肉なものね…望まない私に与えられて、誰よりも渇望するXANXUSには与えられないなんて」
紅の呟きに視線を向けたリボーンは、何も言わず視線を戻した。
守護者の尽力により、全てのリングが揃った―――ヴァリアー側に。
最後の一つ、大空のリングがXANXUSの指にはまる瞬間を、冷めた目で見つめる。
この結末を知っているからなのか―――紅の目に、焦りはない。
ただ一人赤外線の外にいる事を許された彼女が、ゆっくりと歩き出した。
「ボンゴレには、ブラッド・オブ・ボンゴレなくしては後継者とは認められない掟がある」
澄んだ声は、その場に似合わないものだった。
けれど、決して大きくはないその声が全員の耳へと届く。
「リングが彼を拒んだと言う事は…つまり、そう言う事」
「紅…」
ツナの声に小さく微笑むと、紅はXANXUSに近付き、地面に落ちたリングを拾う。
XANXUSの血に濡れたそれを、哀しげに見下ろす彼女。
「なら、紅は…」
「………ボンゴレ直系の、正当な後継者よ。ただし…これはツナ、あなたが死んだ場合に限るわ」
「え?」
「空のリングの所持者は、全ての後継者の中で最も下位に属する者。
リングと、それに見合う地位を約束する代わりに、継承権を放棄するものでもある」
大空の眷属である空のリングの所持者は、ボンゴレ内部でボスに次ぐ高位にある。
ただし、その地位の高さゆえに、空のリングを所持する者は、ボスの座を継承出来ないと決まっていた。
つまり、他の候補者が全て死に、空のリングの権利を放棄した時点で、紅に継承権が与えられる。
「この掟は、リングの所持者を陰湿な後継者争いから守るために決められたもの。
だからこそ、このリングが使われなかった世代が存在するのよ」
9代目が紅にこのリングを渡し、ボンゴレから遠ざけた理由も、そこにある。
養子であるXANXUSは、ボンゴレ10代目を継ぐ事は出来ない。
傍系であるツナ以上に、後継者争いに深く関わる事になっただろう。
それを理解していた9代目は、彼女にこのリングを渡す事により、後継者争いから守ろうとした。
紅も始めから全てを知っていたわけではない。
渡された初代の手紙の意味を理解できる年齢になって初めて、9代目の考えを知った。
XANXUSにとって、この二人ほど憎いと思う存在は、この世に存在していなかっただろう。
「叶わねーなら道連れだ!!どいつもこいつもぶっ殺してやる!!」
XANXUSは血を吐きながらそう吼えた。
彼の元についているのはマーモンとベルフェゴールの二人だけ。
殆ど目立った外傷のない彼らに対し、ツナ側の守護者は5人とは言え満身創痍。
更に、彼らはヴァリアー幹部に次ぐ実力者50人をこの場に向かわせていると言う。
その場の空気が張り詰め、臨戦態勢に入ったところでヴァリアーの精鋭3人がその場に到着する。
しかし―――
「報告します!我々以外のヴァリアー隊全滅!!」
まず3人が到着したわけではなく、彼ら以外が全滅したと言う報告。
これは予想外だったらしく、マーモンとベルフェゴールが驚いたように言葉を失った。
「奴は強すぎます!!鬼神のごとき男がまもなく…」
その言葉が最後まで語られることはなかった。
音を立てて彼らに迫ったそれが、男たちの身体を木の葉のように弾き飛ばす。
覚えのある技、そして声に、紅が目を見開いた。
「取り違えるなよ、ボンゴレ。俺はお前を助けにきたのではない―――礼を言いに来た」
「ランチア…!」
思わず緩む涙腺を引き締めてその名を紡げば、彼の視線が紅を見た。
そして、小さく微笑んだ彼に、どれほど安堵したか。
骸の一件以来、その姿は愚か処遇さえ聞かされていなかったのだ。
無事な姿を見た彼女の心中は、語る必要などない。
ヴァリアーの精鋭50人と戦う事は難しくとも、マーモンとベルフェゴール二人ならば負けない。
状況不利を理解し、即座に片をつけようとした彼ら。
しかし、ツナの守護者たちにより、彼らは降伏を余儀なくされた。
「XANXUS様の失格により、大空戦の勝者は沢田綱吉氏。紅様、異論はありませんか?」
発言を求められ、静かに頷く紅。
「では、ボンゴレの次期後継者となるのは沢田綱吉氏とその守護者6名です」
長くて短日々が、漸く終わりを告げた。
戦いが終わった後の事は、朧気にしか覚えていない。
身体を酷使したツナが意識を失って、獄寺を始めとする一部の守護者が慌てていた。
紅とて決して万全とはいえない状況の中、自らの足で立っていたのだ。
全て終わり、脱力した身体は地面に倒れこむ前に強い力に引き寄せられた。
「大丈夫か?」
聞こえた声にそっと目を開けば、心配そうなランチアが見えた。
自分を支えてくれるその腕が懐かしい。
「…また…会えたわね」
「あぁ、そうだな。酷い怪我を負ったと聞いたが…」
「…うん。でも大丈夫。…昨日、病院に来てくれたんでしょう?」
「………起きていたのか?」
「ううん、言ってみただけ」
目が覚めた時に何となくそんな気がしたから言ってみたのだが…勘違いではなかったらしい。
ぼんやりとする思考の中で、紅は小さく笑う。
まるで、時間が戻ったみたいなテンポの良い会話。
霞がかる頭は、現実を忘れようとしていたのかもしれない。
「無理をしなくていい。眠れ」
「…勝手に消えたりしない?」
「……あぁ。今度はちゃんとお前に告げてから出発する」
「…約束、だから」
話さなければならない事、話したい事…沢山ある。
意識を失う直前、自分に向けられる視線の中に、雲雀のそれを見た。
無表情で、けれど何かを諦めたような―――そんな彼の目が、紅の中に強い印象を刻む。
彼女は何を言うこともできず、静かに意識を沈めた。
「ランチア、か」
「…跳ね馬だな」
意識を失った紅を支えなおしたところで、掛けられた声に振り向く。
そこにいたディーノとランチアの間に面識はない。
しかし、知っている。
「あの事件の後、紅をファミリーに迎え、支えてくれた事に感謝する」
「いや、迎える事を決めたのは先代だ。気にするな」
それより、とディーノの視線が紅を見た。
その目を見て、何となくそこに隠された感情に気付く。
勘が良くなくとも、見ていれば感じる事と言うのはあるものだ。
「これからどうするつもりだ?」
「―――――…」
「ランチア、お前がどうしようと、それを止めるつもりはない。だが、紅にはちゃんと話してやってくれ」
あの事件の後、彼女は何も知らない自分を恥じ、そして悔いていた。
もうあんな彼女を見たくはないからこそ、切実にそれを思う。
ディーノの言葉に、ランチアが頷いた。
「そうだな。約束したからには守らないわけには行かない」
そう告げると、彼は傷に障らないよう紅を抱き上げた。
「昨日の病院で構わないのか?」
「あぁ、頼む」
向けられる鋭い視線に気付きながらも、紅を病院に戻すことを優先した。
10.07.31