黒揚羽
Target --094
ツナが9代目を手に掛けるところを見たくなかったわけじゃない。
身体が勝手に動いたと言った方がいい。
ただそこに、9代目を助けたいと思う心があった事は確かだ。
事実を知って愕然とした。
唇を噛んだ日もある。
けれど…届けられたリングと、添えられた手紙。
そこに書かれている事が全てなのだとすれば―――紅は、その手紙に僅かな希望を託す事にした。
「―――さん…」
か細い声が、唇から滑り落ちる。
その声は誰の耳にも届く事はなかった。
「ボス殺しの前にはリング争奪戦など無意味!!俺はボスである我が父のため、そしてボンゴレの未来のために―――
貴様を殺し、仇を討つ!!」
背筋が粟立つような薄ら笑みを浮かべ、XANXUSはそう言った。
青褪めた様子で驚くツナに、彼はにやりと口角を持ち上げる。
「あぁ、もう一つ…重大な罪を犯したんだったな」
「重大な、罪…?」
「我が父と、そして妹を手に掛けた罪…忘れたとは言わせない」
恐らく、その言葉に衝撃を受けなかったのはXANXUSやチェルベッロ、そしてリボーンと雲雀だけ。
誰もが、XANXUSの言葉に驚きを隠せなかった。
彼らの視線は自然と、血溜まりに横たわる紅へと向けられた。
「父、と…妹…?紅が、XANXUSの…」
「っつー事は、紅は…」
「9代目の娘!?」
驚愕に表情を染める彼らを、XANXUSは嘲るように笑った。
「何も知らなかったとは…随分信用されてたらしいなぁ?」
XANXUSの行動は、とてもではないけれど、家族を思っての行動とは言えない。
紡ぐ言葉全てが上辺だけのものだとしても、繋がりは事実。
ツナとXANXUS、そして二人の守護者が一気に臨戦態勢に入る。
一触即発となった状況をとめたのは、チェルベッロだった。
XANXUSが仇討ちと謳ったこの戦いを、大空のリング戦と位置づける彼女ら。
日程を明晩と定め、ヴァリアーとチェルベッロはその場から消えた。
「…よくわからん!雪耶が何故9代目の娘なのだ?若すぎるだろう」
了平の疑問は尤もだ。
本人の了承無しにそれを伝えて良いのかと悩んだツナだが、知る権利があると思って口を開く。
「紅は薬で見た目を幼くしてるんだ。実年齢は…たぶん、XANXUSとそう変わらない」
「そうだったのか!?道理で京子が“お姉ちゃんみたい”と喜ぶわけだな!」
最早、大雑把とも言えるほどにあっさりと受け入れてしまう度量の広さは気にしない事にしよう。
ツナは了平から視線を外し、リボーンを見た。
「9代目は紅に大空のリングをって…それって、紅を後継者にするって事?」
「…そんなはずはねーな。9代目は後継者にしたくないからこそ、他のマフィアに紅を預けたんだ」
「じゃあ、あの言葉の意味は…」
9代目は何かを伝えようとしていた。
あの優しい目が悲しみに揺らいでいたのは、己が娘を案じていたからなのだろうか。
それを思うと、胸の辺りがズキズキと痛み出すのを感じた。
「どいて」
「わ!ひ、雲雀さん!?」
紅の傍らで右往左往していたツナを押し退け、膝をつく雲雀。
彼は彼女が握り締めたリングをその手から取り上げ、ぴんと強く引っ張った。
殆ど抵抗もなく鎖が千切れ、リングが自由になる。
それを指で挟むと、血で汚れた手を取って彼女の指に嵌めた。
「雲雀さん、何を…」
「あの人は大空のリングって言ったの?」
「え?」
「紅のリングは空のリングと言うらしいね」
そう言う雲雀の表情は硬く険しい。
「そのリングが、何か…?」
「守るために作られたリングだと―――紅は、そう言っていた」
けれど、それ以上の事は何も聞いていない。
守るためのリングだというのならば、何故彼女はこんな怪我を負っている?
何故、彼女は守られていない?
何も知らない、出来ない自分が、酷く惨めだと感じた。
いつもの強気な様子は鳴りを潜め、ただただ無言の雲雀。
珍しい様子に、紅から視線を外して彼を見たツナは、あぁ、と理解した。
大丈夫だなんて言えない、とても危険な状況。
雲雀はただ、彼女の手を握っていた。
その横顔が悲痛な想いを垣間見せていて、ツナもまた、何も言えなかった。
その時、門外顧問から連絡を受けたというディーノたちが並中に駆けつけた。
即座に部下に指示を出したディーノは、横たわる紅の姿を見て目を見開く。
「紅!?」
指示が途中だという事も忘れ、彼は紅の元へと走る。
何度も名を呼ぶディーノの姿を見れば、誰でもその想いに気付くだろう。
ツナは黙って彼に場所を譲った。
「紅、紅!!おい、紅!!」
「――――、…」
その呼びかけに反応して、彼女の瞼が揺れる。
薄く開かれた目が、緩やかに動いてディーノを捉えた。
「…ディ…」
「喋るな!喋らなくていい!!」
「…9、代目…は…」
「無事だ。傷は酷いが死にはしない。お前のお蔭だぞ、紅」
途切れがちに紡がれる言葉に即答したのはリボーンだった。
そんな彼の答えに、紅は僅かに口角を持ち上げる。
「紅、動くな。頼むから…!」
腕を僅かに動かすだけでも、胸元の傷から新たな血が溢れる。
とめようとするディーノを視線一つで黙らせると、紅は指にはまったリングを見た。
震える手を軽く握り締め、瞼を伏せて集中する。
ボゥ、とリングに炎が宿った。
「死ぬ気の炎…!?」
驚くツナの言葉に答えるだけの余裕はない。
すぐにでも飛ばしてしまいそうな意識をかき集め、ギリギリのところでそれを保っているのだ。
リングに宿った炎が彼女の手を包み込むように広がる。
けれど、その炎が彼女の肌を焼く事はなかった。
紅は、ゆっくりとその手を傷口へと滑らせる。
変わらず溢れ出る血がその手の平を汚したけれど、それでも手を止めなかった。
彼女の動きに合わせて炎が傷口へと移る。
ゆらり、と炎の色がまるで炎色反応のように揺らめいた。
袈裟懸けの長い傷を最後まで炎で撫できると、彼女の手が力を失って地面に滑り落ちる。
「紅…!」
慌てて声を掛けるディーノだが、彼女は既にその意識を手放していた。
死ぬ気の炎は消え、何事もなかったようにリングだけが存在している。
傷口の炎もまた、いつの間にか消えていた。
それを確認した彼らが目を見張る。
あれだけ溢れ出ていた血が止まっているのだ。
「す、すぐに病院に―――」
先ほどまでは動かすことすら危険な状態だった。
だが、血が止まっているならば―――そう思ったディーノが紅を抱き上げた。
いや、抱き上げようとした。
横から伸びてきた手が、彼女の身体を軽々と攫っていく。
「恭弥?」
「僕が連れて行く」
「って、お前も怪我してるじゃねーか!無理するな」
ディーノの行動は、弟子を思っての心からの行動だったのだ。
けれど、雲雀はそんな彼の行動を鋭い一瞥と共に牽制した。
その目を見れば嫌でも気付く。
「…車を用意してある。連れて行ってやってくれ」
溜め息一つの後に続けた言葉に返事はなかった。
しかし、その言葉に雲雀は逆らわず、ディーノが指差した方へと歩き出す。
「ディーノさん…」
「…紅には秘密な。あいつ、気にしちまうから」
そう言ったディーノはいつもの笑顔を浮かべていたけれど、その目は悲しげに揺れていた。
10.07.19