黒揚羽
Target  --093

しなくていいと言われたからしない―――わけではないけれど、雲雀の事は案じていなかった。
今朝の彼の目に迷いはなく、寧ろ自信に満ちていたから。
彼の戦いは、本当に一瞬で片がついた。
一瞬どころか、一撃で終わった戦い。
本当の戦いはここからなのだと、リングを一つにした雲雀の背中を見つめながら唇を引き締める。
雲雀の挑発に乗ったXANXUSが、フィールドへと降り立つ。
手は出さないと言う宣言通りに、防戦に回るXANXUSは彼らしくないと思う。
やはり、何か思惑があると見て間違いはない。
紅は彼らから視線を外し、未だ煙を上げているゴーラ・モスカを見た。
そこで、彼女は目を見開く。

「雲雀っ!!」

紅が叫ぶのと、撃ちだされたそれが雲雀の足を掠めるのはほぼ同時だった。







XANXUSの言うとおり、モスカは制御を失って暴走していた。
被害はフィールドを中心に、グラウンド中へと広がる。
自分に向かって飛んでくるそれを早々に銃弾で撃ち落としながら、紅は表情を歪めた。
XANXUSの思惑はこれだったのか?―――いや、違う。
まだ何かある、と彼を睨む。
視線に気付いたのか、XANXUSが紅を見た。
そして、嘲るように、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
言葉に出来ない不安が足元まで迫っていた。













漸くその場に姿を見せたツナの登場により、ますます激しさを増すモスカの暴走。
その最中、攻撃を受けたモスカから、キィン、と破片が飛ぶ。
紅は自分の方へと飛んできた破片に気付き、それを受け止めた。

「こ、れは…」

見覚えがある。
何かの部品であるそれは、一般的に使われるものではない。
そう、これは特殊な装置の部品で―――紅が携わった研究で、彼女が作り出した部品なのだ。

―――ボンゴレの研究を…思い出してください。

骸の言葉が脳裏を過ぎる。
全てが、ひとつの線として繋がった気がした。


ドクン、と心臓が嫌な音を立てる。
顔を上げれば、モスカが再度ツナに迫っている所だった。
まるでスローモーションのように、彼らの距離が縮まる様子が紅の目に飛び込んでくる。
動かなければと考えたわけではない。
頭で考えるよりも先に、身体が動き出した。











勢いをつけて迫ってきたモスカの巨体を片手で受け止めたツナ。
そのまま、ツナは右手に炎を宿して振り被り、そして。
腕を振り下ろすその刹那、それが視界に滑り込んだ。

「!!」

モスカを真っ二つに出来るだけの勢いをつけて振り下ろした腕を、途中で止めることは出来ない。
真っ直ぐ振り下ろした手が、それを焼いた。
その場の誰もが息を飲む。
モスカとツナの間に滑り込み、ツナの攻撃を受けたのは―――紅だった。
そのまま崩れ落ちてくる彼女の身体を受け止めるツナだが、モスカは動きを止めない。
チッと舌打ちして彼女を腕に抱いたまま右手を振り抜く。
紅を抱えたままの攻撃は浅く、モスカの装甲を一枚焼き切ったに過ぎなかった。
しかし、その浅い攻撃により、モスカの内部が明らかになる。
熱に溶けた亀裂からずるりと滑り落ちてきたもの。
ツナに完全に身体を預けながら、紅がそちらを見る。
痛みにかすむ視界の中、地面に倒れこんできたその人こそ、ボンゴレ9代目に他ならなかった。

「9、代目…」

やはり、と思う。
何故もっと早くに気付かなかったのだろう。
他の誰が気付かなくても、紅は気付くべきだったのだ。
彼女は―――死ぬ気の炎を動力に変える研究に、携わったのだから。
痛みではない涙が頬を伝う。

―――ごめんなさい。

声なき言葉を紡ぎ、胸元のリングを握る。
そして、紅の意識は沈んだ。






紅の身体が脱力し、ツナは彼女を取り落としそうになった。
咄嗟に受け止めて地面へと寝かせれば、じわり、と土の上に広がる赤。
ゴーラ・モスカはXANXUSの雲の守護者で、ツナの敵。
そんなモスカを庇うようにツナの攻撃を受けた紅。
モスカの中から出てきた9代目。
ツナの頭は、立て続けに起こった出来事に対して、最早思考を放棄しようとしていた。

「ツナ、どけ」

動けないツナを退かせ、リボーンが彼女の傍らに膝をつく。
9代目の胸元が赤く染まっているのは、ツナの突きを胸に受けていたから。
しかし、それを差し引いても、紅の方が酷い傷だ。
モスカの巨体に向けた攻撃を生身の身体で受けたのだから無理はない。

「紅…!」
「動かすな!!」

我に返ったツナに鋭い声を上げるリボーン。
その表情は見えないけれど、彼の纏う空気で気付く。

「9代目は……ゴーラ・モスカの動力源にされてたみてーだな。道理で紅が一番に気付くはずだ…」

紅が助けたかったのはモスカではなく、その中に囚われている9代目だったのだ。

「どーして!?」

何故、9代目が動力源にされなければならなかったのか。

「どーしてじゃねーだろ!」

鋭い声が飛ぶ。
ビクリと肩を震わせたツナが、XANXUSを見た。

「てめーが9代目と紅を手にかけたんだぞ」

戸惑いの声を上げるツナの耳に、追い討ちを掛けるようにXANXUSの声が届く。
モスカを攻撃したのはツナ。
そして、紅を、モスカを焼き切ったのもまた、彼だ。
知らなかったでは済まされない事実が、彼の前に横たわっている。
その時、伏した9代目の手が、ピクリと動く。

「悪いのは……私だ……」

微かながらも意識を取り戻した9代目が、震える声でそう告げる。
紅ほどではないにせよ、決して浅くない傷を負っている彼は、それでも言葉を紡いだ。
XANXUSの事、ゆりかごの事―――多くはない言葉を語った彼は、死ぬ気の炎をその指先に点した。
彼の炎の優しさに触れたツナが、幼い記憶を思い出す。

「…紅に………空の、リングを―――」

その続きの言葉はなかった。
ずるりと滑り落ちる手を受け止め、懸命に9代目を呼ぶツナ。
しかし、閉じられた瞼が開く事はない。

「よくも9代目を!!!」

怒りにも、そして嘲りにも似た声が響いた。

10.07.18